【2034年、モンガル『ホビロン』。ヒト腹創】

　船を降り辿り着いた大都市『ホビロン』そこにヒトの姿は幾万と無かった。在ったのは逃げ遅れた幾百の人と、それを追う『キメラ』の姿だった。

　そんな意味の言葉で『ホビロン』の地は満ちていた。

　だが、民衆を踏み潰し蹴散らしていたのはボクらでは無い。あちらの方だ。

　民を悲鳴ごと押し潰し爆音を立て奔ってきたのは、

　――祈(いのり)姉ちゃんの顔をした、ボクが作った怪物だった。

【2034年、モンガル『ホビロン』。言霊みれい】

　イノリキメラが鼻息を噴き出す。怒りに震える創を前に、彼女に乗った『フォーチュン』が笑った。

　フォーチュンは仮面の前で指を振って嘲けた。

　殺したい！　銃で蜂の巣にしてやりたい！

　気持ち悪い仮面の内側でフォーチュンは声を弾ませた。

　背をのけ反らせてイノリの首に巻いた手綱を引いた。

　イノリを弄って創られたキメラは縦横無尽に駆け、仲間達を踏み潰した。鎌を振るい、私達のキメラを次々に刈っていく。その巨体と鎌に家族が、１人、また１人と殺されていく。

　私達を守る為に緋色と人魔（じんま）が自身の武器で鋭い鎌を受け止める。緋色と人魔の怪力にも、イノリの熊と馬の脚は止まらなかった。イノリの顔をしたアレが、ヨダレをまき散らして威嚇する。

　イノリに乗ったフォーチュンの後ろには、ものすごい数のキメラが居る。クマ？　ゾウ？　トラ？　ヒョウ？　どれも普通のキメラでは無い。奇形ばかりが此処に居た。
　その一角を『ファジー』の弓で撃ち崩し、殺めても、その数に大きな変動は無かった！

　……死んじゃう。

　楽々がその言葉を飲み込んだ。いつも陽気なその声が縮れ途切れる。イノリの猛攻、そして騎乗したフォーチュンの銃をさばきながら、緋色が何十の敵キメラを倒したというのだろう。人魔がイノリ相手にどれだけの傷を負ったというのだろう。２人のその腕がどれだけの赤に染まったというのだろう。

　……私達は、何を敵に回したんだろう。無尽蔵に湧くキメラを先の世界に、土煙の中一面に見て、

　諦めるわけがないのに、諦めたくなんてないのに、諦めきれるわけがないのに、

　……指示を出す声が擦れていく。

　創の撃った銃が運良く『フォーチュン』の仮面をはじいた。

　その現れた顔に、その顔に張り付けられたモノに、創は言葉を無くした。

　叫ぶ緋色がイノリの力にはね飛ばされる。フォーチュンを前に創の腕が完全に止まった瞬間だった。

　イノリの前部剛腕、カマキリの腕が大きく振りかぶられた。あっ、という間に『フリーシー』の剣と一緒に創の腕が斬り落とされた。

　私は覚悟した。タタミへあの『メモリースティック』を手渡す。

　タタミの震える肩を抱いて私は言葉に残した。

　私はタタミの静止の声を振り切り、もしもの為にとっておいた爆弾の束を体に巻いた。

　背中を任せていた緋色へすれちがい様言葉を掛ける。

　私は緋色をはね飛ばし、イノリを抱いた。

　熱を伴う世界は、圧倒的な光に――ミチテイタ。

【2034年、モンガル『ホビロン』。ヒト腹創】

　みれいが爆死した。

　嬉々とした表情でイノリから降り爆発の跡から『青い宝』をフォーチュンが取り出す。

　言葉が無かった。力が何処かへ消えていく。

　フォーチュンが剛父さん（クズ）の声で、あの頃の頼もしかった父さん（クズ）の声で、歪に笑う。

　みれいのモノとは比べられない程の恐ろしい光と爆風が、視界先の敵味方を巻き込んだ。キメラの皆が光の中へと消えていく。

　薄れゆく光の中から現れたのは、父さん『ブラック・ダド』だった。

　頼もしい父さんが助けにきてくれた。首を振り弱い心を外へと弾く。放心気味の緋色を文字通り叩き起こした。

　親友を罵倒し、その背を起こそうとして、自身の右腕が無い事に気が付いた。

　風の鳴る音に視線を奔らす。

『マム』だ！　無人機で空を舞う『マム』がボク達を、

　――父さんに照準を合わせて、引き金を絞った。

　気付いた時には飛び込んでいた。父さんを、『ブラック・ダド』を守る為にこの体を盾に！

　身体を貫通する痛みと共に、ボクは其処で気持ちの悪い言葉を聞いた。

って……。