【2034年、イバラキ。言霊みれい】
【2034年、イバラキ。言霊みれい】



もう、戦いたくないなぁ。……創とだけは。


一方的な暴力を受けた後、緋色は言った。夕闇が訪れる中、腰を落としてうずくまる。



創とだけは、戦いたくないよ。


私達のヒーローはさえずった。とても弱弱しい声で。



こんな、子供たちが争う世界はもう嫌だ。他の子にはこんな思いさせたくないよ。


私の胸の前でその距離を20センチ以上詰めることなく、彼は、……独りで泣いていた。
※※※



キレイだなぁ。





わ、わたひ?





違う違う。空だよ! 星だよ。





そ、そうでしたか。あはは。……わたし、バカだ。


その夜も空は満点の星で染まっていた。緋色はタタミを茶化して笑う。タタミは恥ずかしさに頭を盛んにかいていた。



それで、星がなんなの? 先生。





いやな。関係ないけど、これ隣町のおじちゃんに貰ってさ!


緋色は納屋の奥からソレを持ち出してきた。昔から変わらない悪ガキの顔を見せる。



お酒?





し、静かに! お、俺だってまだ未成年なんだから、そんな声出すなよ!


あどけない表情で唇の前に指を立てる。
18歳、私と同い年の彼はお酒を、それは愛しそうに嗜んだ。



美味いなぁ。


って。初めて味わうであろうソレをとても大事に口にする。



お酒って、……こんなに美味しいんだ。


緋色は緋色の願いを語っていたのかもしれない。あの広がる空を見て彼は謳った。



美味しいなぁ。俺も、……早く大人になりたいなぁ。


彼の夢だったのかもしれない。よほど美味しかったんだと思う。何度もため息を繰り返した。
緋色は頰を朱に染め畑に腰を下ろした。



タタミ。





なんですか? よっぱらせんせー。


タタミの顔を見上げ、更に高いあの空を指さした。



星の数、数え終わったか?





……先生、星の数なんて数えられるわけない。





そんな事はない。


緋色は星の名を挙げていく。たった1つの腕の5本の指を折っていく。――シリウス。――ベテルギウス。――リゲル。



星には、1つ、1つ、名前があるんだ。だから、時間を掛ければきっと数えられるさ。だから、


緋色は整った顔で笑った。贔屓目に見ているのは解る。だって緋色は私のヒーローだったから。
いつも夜は培養液の中に居る『真衣ちゃん』を抱いてタタミは緋色の言葉に耳を傾けていた。



いつか、その数を数えられたら俺に教えてくれよ、タタミ。キメラのせんせっ!


そのご機嫌な声を聴き、タタミは隣りに寄り添った。緋色の肩を自身の肩で支えている。赤子の真衣ちゃんと共にタタミは微笑んでいた。
2人を見ていたモノが私以外に在った。スズキコージ、元の名を『コブタ』と呼ばれていた彼がいつの間にか私の隣りに立っていた。



解ってましたよ。初めから。出会ったその日には、もう。


拳を強く握ってコージは私へ話した。



好きな人の、好きな相手くらい!


震えるその手を闇に隠してコージは苦しそうに吐き出した。



いいじゃないですか。『コブタ』が夢を見たっていいじゃないですか。子豚が『ヒト』を好きになってもいいじゃないですか!


そう言って『コージ』はシンシンと泣いた。



はなから分かってましたよ。『コブタ』じゃ『英雄(ヒーロー)』に敵わない事くらい!


鼻から水滴を零して、悔しそうに、その手のひらを握りしめていた。



けどいいじゃないですか? 子豚の純情!


泣きに泣いたコージを見て自身の恋を振り返る。
『私の恋は彼(ひいろ)に届くのだろうか?』
って。考えだしたらなんか可笑しくて笑えた。
――1時間が過ぎただろうか? その時コージは動いた。



緋色さん!


コージは深く緋色へ頭を下げる。



た、タタミさんを僕にください!


不思議そうに首を傾げるタタミを他所に緋色は聞いた。



コージ、お前幾つだっけ?





たぶん、13。





なら、7歳サバ読んで、ちょっと、……呑んでみないか? 一緒に。


――男2人が農場の端、その丘に腰を下ろしている。
2人は杯(さかずき)を交わした。その日はいつにも増して星がキレイな夜だった。



きっと、お前じゃないと出来ないことがある。


私達女性陣を遠ざけ2人で御猪口(おちょこ)を舐めている。



お前じゃないとタタミを守れない時がある。きっと。





……僕じゃ、僕には緋色さんの代わりなんて、





『代わり』じゃない。


緋色は星に歯をさらして話す。



『スズキコージ』にしか出来ない事がこの先、きっと在る。


笑って緋色は語った。



その時、……俺はここに居ないかもしれない。


御猪口を掲げ得意げに笑ってみせる。



その時はお前がみんなを、……タタミを守ってくれ。


頭を下げて、緋色は『コージ』に頼んだ。



コージ。お前は好きなヒトを守ってくれ。


深く、深く緋色はコージに頭を下げた。



俺には出来なかったこと、きっと、お前になら出来るから。


『ヒーロー』はそう言って『コージ』へ向かい微笑んだ。
