【2033年、イバラキ。飼葉タタミ】
【2033年、イバラキ。飼葉タタミ】
わたし達は街で『コブタ』を拾った。コブタと言っても本当の豚ではなく、『コブタ』と呼ばれた人間の男の子だった。



僕は子豚じゃない! 食おうとするな!





け、けど、すごく美味しそう。


わたしが笑いかけるとその男の子は本当に怖がる。



おい! あんた、コイツをどうにかしてくれ!


助けを求める『コブタ』をわたしが先生に紹介した。



先生。この子、弄られてないのにすごく頭いいの。きっととっても心強い味方になってくれる。





当然さ。僕は上流階級の生まれだからね。って、おい、お腹の肉を引っ張るな!


その子はわたし達チーム『化けクリ』が保護することにした。彼も戦災孤児だった。わたし達と同じ名前を持たないただの『ジャンク』、わたし達と同じ『要らない子供』だった。
彼は高慢でヒトの話を聞こうとしない。たぶん、ヒトに拒絶され続けたからだろう。信じる事を良しとしない。その気持ちは痛い程分かった。
だからわたしは、『コブタ』の友達になれるよう、彼へ笑顔を送り続けた。
わたし、『飼葉タタミ』には秘密がある。それは、きっと誰にも話せない。そして、
……誰も信じてくれないと思う。
けれど、わたしは意を決してその秘密を打ち明ける事にした。



――先生、わたしの話、聞いてもらえる?


それは一族の秘密。自分達が『中立な立場の一族』だったから、だから誰にも秘密を話す事が出来なかった。だからわたしには本当の意味での仲間は居ない。



わたし、本当は『タタミ』って名前じゃないの。飼葉コーポレーションの嫡女でもないの。


先生は真剣な表情でわたしの話を聞いていた。



けどね、本当の名を、素性を知られてしまったら、わたしは外を歩くことが出来なくなってしまうの。知られてしまったら、それこそあの『フォーチュン』みたいに顔を隠して生きていくしかないの。


先生は目を閉じ時間をかけてわたしに応えた。



よく分からないけど、使ったらいけない名前を持ってるんだな、タタミは。


その時の先生は、何故かものすごく考え込んでいた。藁の椅子に座り眉間にシワを寄せずっと、何かを考えているようだった。
わたしは先生に余計な心配をさせたらイケないと思い、



……うん。


って、ただそれだけを答え微笑んだ。
時間だけはただただ進んでいく。裕福なヒトにとって今日はクリスマスイヴ。わたしは『化けクリ』のみんなにケーキを配りたかった。けれどわたし達に余裕なんてあるはずが無い。
でもただ1人にだけは喜んでもらいたくて、わたしは日々の貯金をはたいて、たった1つ小さなケーキを買ってきた。
そっぽを向いてわたしがその品を渡すと、先生はその片方だけの腕を振り上げあからさまに驚く。



お、俺に? こ、こんな高いものを?


先生のあまりのびっくり様にわたしの方が困惑してしまう。思わず焦っていると、楽々が余計な事をチクった。言わなくていいのに先生へ話してしまった。



それ、タタミが緋色隊長の為に! って鼻息荒げて買ってきたんだよ! どれがいいかすっごい悩んだ上に選んだ1個なんだよ!





な、何を言っているのかな、楽々さんや。べ、別に、せ、先生の為ってわけじゃ。





いいのか? 俺にだけ、こんな。





……ま、まぁ。そんなに欲しいなら。


と、頷く。
先生は農場隅のテーブルに座り、スプーンで一口ずつ、ゆっくりと噛みしめてくれた。



美味い。美味いなぁ。このチーズケーキ。


先生は何度も、何度も、……美味しい。と繰り返した。



こんな美味いの。俺、生まれて初めて食べた!


って。体格に似あわない切れ長な瞳に、大きな涙を浮かべて言ってくれた。
食事を終えた先生が、農場の裏にわたしを呼び出す。もしかしたらジャガイモのつまみ食いがバレタのかも。わたしはちょっとだけ身構えて、その場所へ向かった。



前にタタミ言ってたよな。名前の話。





え? うん。


意外な話だった。先生はわたしの前でその言葉を口にする。



もしよかったら、俺からタタミに『名前』を贈らせてくれないか? タタミが人前でも堂々と名乗れる『名前』を。


この世界で『名前』はもっとも貴重なモノの1つだった。何にも代えられない世界のただ1つだった。



今日、このクリスマスに因んだ名前なんだ。魔を遠ざける聖なる飾り『クリスマスリース』から名をとって。


優しい笑みで先生がその名を口にする。



『柊真衣(ひいらぎ まい)』って名前、どうかな?


先生がこの胸に名前の書かれた黄色い札を付けてくれた。わたしは口でその『新しい名』を何度も反芻した。



……。


初めて他人に誇れる名前が出来た。その事実に溢れるモノが抑えられない。
月明かりの下、わたしは先生の頬に唇を押し当てる。
それはほんのり、……土の味がした。
