スマホの住所録から笠原さんを探し出し、
電話をかける。



ちょっと待ってな。今その人に電話をするから


スマホの住所録から笠原さんを探し出し、
電話をかける。



おお、綾瀬か。俺の不注意のせいで、非番の時に仕事をさせてしまって申し訳ない





いえ、それは全然問題ないです。それで一つだけ聞きたいのですが、今いいですか?





ちょっと待ってくれよ


電話口から離れたのかしばらく無音の後、
【10分間隔の状態なのでまだ時間はあると思いますよ】
と言う言葉が電話口から漏れ聞こえる。



綾瀬、少しなら大丈夫だそうだ。保留にして場所を移動する





今聞こえて来たのは……やはりそうか。
先週社長とそんなような事を話してたのが、
休憩室から聞こえて来てたな。


自分の考えが正しいと確信した俺は、
弓月にも話が伝わるよう音源をスピーカーに変えた。



よし、話を続けてくれ





忙しい時にすみません。笠原さんって今病院にいますよね?





ああ、怪我の診察で来ていたとこだよ


笠原さんはそう答えるが、怪我の診察では無いと
確信していたので直言する。



笠原さん。いくら笠原さんがクールで見た目が怖そうな人でも、おめでたい事は自信を持って伝えてください。水くさいです





そうだな……悪い。嫁さんから電話が来たから産気付いたのかと思って、昨日は慌てて家に帰ったんだ。





今日も怪我で休んでいる訳ではなくて、出産に立ち会っている所だ。綾瀬にも事実を伝えれば良かったんだが、自分の口で言うのが、どうにも恥ずかしくてな





良かった。自分の考えは正しかったんだ。





そう言う大事な事はいくら俺でも茶化したりしません、大丈夫ですよ。それでいつ頃生まれそうですかね?





午前中に10分間隔の陣痛が来た所だ。そろそろ次の段階にいけるといいんだが


人によってかかる時間が違うが、
平均時間で見ると……と言う話を
笠原さんから、重ねて説明を受ける。



無事出産できる事を祈ってます。奥様とお子さんを大事にしてくださいね





ありがとう。綾瀬の言葉はプラスになる事が多いから、そう言ってくれると嬉しいよ。ちなみにお前の話はこれだけで良かったか?


笠原さんに言われてもう1つ聞く事があるのを
思い出した。



あ、昨日店の近くで猫を助けました?





なんか綾瀬には、お見通しって感じだな。近くにいたお嬢さんにはなぜか逃げられたが、側溝に落ちた白猫は俺が無事助けたよ。これでいいか?





はい。問題は全て解決しました





それは良かった。生まれたらメールするからな。ああ、最後に1つだけ。何か困った事が起きたら社長を頼れ。あの人ならきっと力になってくれるはずだ


笠原さんはそう言うと、看護師さんに呼ばれたのか
無言のまま電話を切った。
確かに社長は謎の部分が多いが、
幅広い人脈を持っているのは確かだ。
笠原さんの言うように頼るべき場面では頼ると
心に決めて、次は弓月と向き合い声をかける。



弓月も聞こえたと思うが、笠原さんは不幸な目にあっていたか?





いえ……とっても素敵な話でした


弓月は笑顔を浮かべながらも、
頬には一筋の涙が伝っていた。



それにほら、外を見てみろ


外の様子に気付いた俺は、弓月の視線を外に向ける。
あれだけ降っていた雨が、
今は完全にあがっていたのだ。
俺は弓月に手を差し伸べて一緒に店を出ると、
黒猫が白猫を連れて歩いてきた。



あの猫ちゃんだ


そう言うと、弓月はすぐに白猫に駆け寄り、
優しく抱き抱える。



『亮介、ミッションコンプリートにゃ!』


黒猫のルキアが、俺に向かってどや顔で決め込む。



頼まれたと言っていたのは、白猫を探す事だったのか!





『ルキア、でかしたぞ!』


俺もルキアを抱きかかえて、
弓月にゆっくりと歩み寄る。



まあそう言う事で、笠原さんと猫に関して何も悪くないと分かったはずだ。でも、なんで私のせいって言ってたんだ?





少し長くなりますが……聞いてくださいますか?





もちろん。どんなに時間がかかっても、弓月の伝えたい事は聞かせもらうよ


笑顔でそう答えて再度店の中へと誘導し、
一緒にレジカウンターで腰を下ろす。



私は……物心がつく前から、施設で暮らしていました


弓月は猫の頭を撫でながら、自分の事を語り始めた。
