何故こんなことになったのか…それは、三時間ほど前に遡るーー。



ねえ、怪盗さん?





……ああ





あのー…もしかしてさ…いや、僕の勘違いだったら嬉しいんだけどさ…そのぉ…





…………ああ





…………迷った?





……………ごめん





やっぱり!!





方位磁針は!?持ってたよね!?





…さっき、落ちただろう?崖から





うん…





そのまま、川に着水しただろう?





そ、そうだね…





その時…少なからず私は、川底に体を打っているのだが…





…僕を助けてくれたんだよね…その節は大変お世話にーー





ま、まさか……





ああ…壊れたらしい、それで





うそぉ!?





ど、どうしよう…それじゃあ、僕達…





どうやってみんなのところに戻るのさ!!


何故こんなことになったのか…それは、三時間ほど前に遡るーー。
第5幕
飛び降りろ、未開の遺跡!!



もうちょいで夏季休暇だ!…って思ったらヘリを出せなんて…パトロンも無茶言うよなぁ


シオのボヤキは、プロペラの音にかき消されることなく、ヘッドホン越しの私たちの耳に届いた。それに対し、私にパラシュートを取り付けていたサクラが失笑気味に返す。



でもパトロンらしいや。この前もそこそこ急だったしね





でもよォ…お前はいいかも知んねえけど、俺は追試蹴ってきてるんだぜ?これ、留年決定じゃねえの!?





それは、講義をまともに受けてこなかったシオが悪い。普通に学校生活送ってれば、進級なんて簡単だよ





ちぇー、優等生はいいでちゅねー





っ…と。





どうかな、キャラメリゼくん。苦しくない?





無視かよ





ああ、大丈夫…ありがとう





しかし…国境を越えるため、ヘリで雲の上を飛んでいくなんてね…


今回のターゲットは、フランス国内にあるものではなく、イタリアの未開拓地にあると言われている『クローウィングオパール』…別名『アストライアの天秤』と呼ばれているそれは、正義と悪を判別する力を持つとされている。天秤なんて持って帰ってくるのが大変だと思ったが、ファウスト曰く、これは真っ黒な水晶のことだという。若しかすると、この他にもうひとつ片割れが存在するのかもしれない…まあ、今回頼まれたのはオパールだけだから、それ以外を盗って来るつもりは無いけれど。



パスポートで入国して、即逮捕…なんてことになったら、怪盗の面目が立たないでしょう?





それに、こっちの方が犯罪らしくて、怪盗らしい!!





偽造パスポートでの入国も、立派な犯罪だけどな





そんな時間なかったじゃないか!





あったら偽造パスポートだったのか…





にしても、今回はスパンがはやいね…何かあったのかい?





………いや。





気分だよ





急ぎの用ってわけじゃなかったんだな。





なら、俺の追試が終わるまでちょっと待ってくれたりしてもーー





キャラメリゼくん、ポイントが近づいてきたよ!





聞けよ!!


こちらは雲の上を飛んでいるわけだから、そのポイントとやらは見えなかった。一人フランスに残っているファウストの話によると、そのポイントには遺跡があるらしい。深い森の奥にあるもので、その立地ゆえ観光地にはとても向かない場所だそう。そこにあるとされているクローウィングオパールに関しても、ほとんどデマ話のようにまことしやかに囁かれている噂らしく、今回の犯行はかなりスピーディに済ますことが出来るだろう…との事だ。



国境を越えてしまえば、シュトーレン刑事が来る心配もないし…何より、情けないことに私の知名度はさほど高くない。実在するかもわからないものを警備しに来るほど、警察だってバカじゃないだろう…


盗みの前に、国境侵害で訴えられそうだがね。



キャラメリゼくん、クローウィングオパールを手に入れたら、すぐにポイントBを目指して。僕達も、この後すぐに向かうから





失敗すんじゃねえぞ。こっちはお前抜きで帰国なんて、できねえんだからな!





分かってるよ。でもそうだな…この前みたいなことがあると面倒だし…





万が一、3時間以内に私がポイントBに戻らなかったら、一度帰ってファウストに連絡してくれ。





へ?いいのかい?





その代わり…2日後にもう一度迎えに来てくれないか?流石に生身の体ひとつじゃ、フランスに帰れないからね





それでも帰ってこなかったら?





それはないようにする。地図も方位磁針もあるから大丈夫だよ。





そ。分かったよ





キャラメリゼくん、そろそろ…


サクラに促され、私はハッチの前に立った。ヘッドホンを外そうと手をかけると、慌てた様子のサクラに手で制される



鼓膜破れちゃうよ。それは、ちゃんと降りたら外して





……分かった





それじゃ、開くよ


ハッチが開かれると、物凄い勢いで外に投げ出されそうになる…それを手すりをつかむ事で耐え、改めてハッチの外を見据えたーー



君のタイミングで行って!パラシュートを広げるタイミング、間違えないでね!!





気ぃつけろよ





……On y va !!


その後、ロクな警備など配置されていなかった遺跡へ侵入を果たした私は、無事にオパールがあるとされている、最奥の部屋にたどり着いた。しかし、部屋はもう何年も人の手が入っていないかの様にボロボロで、漆黒の宝玉などどこにも見当たらなかった。



ガセネタでも掴まされたのかな?


辺りを見渡しても、宝玉が置いてありそうな台も小部屋も見つからない…もう帰ろうかと、入り口付近の壁に手をつく…と



!?


目の前の壁が音を立てて動き出し、隠し通路が現れた…こういう仕掛けがあるなら、先に言って欲しかった…!帰っちゃうところだったじゃないか…!!
そのまま奥に進むと、先ほどより少し狭い部屋に辿り付いた。同じようにほこりまみれのさびれた部屋だったが、今度は違う…あれは…!



黒い宝玉…アレが、クローウィングオパールか!


位場所にあるスイッチを押さなきゃ見つからない隠し部屋…そりゃあ、幻の様な扱いを受けてしまうわけだ。



迷宮みたいになってるのを想像して、結構時間とって貰っちゃったけど…全然余裕だったな。さっさと回収して、ポイントBに…





……また、あの幻聴、聞こえるのかな…





……怖がっても仕方ない!!来るなら来い!!


宝玉のひやりとした感覚…それを感じた瞬間、私の意識は一気に持って行かれた。



やっぱり…!本当に…何なんだ、これ…!!


気のちの悪い頭痛のさなか、また、あの声が聞こえる--



籠から逃げ出したお姫様は、外の世界に触れました。
様々な匂いがする風…ざわざわと音を鳴らす木々…フクロウのさえずりに、小川の流れる音…はじめてのことに、お姫様は、涙が止まらなくなってしまいました。





「どうしたの?どこか痛いの?」
魔物の男の子は、心配そうに聞きます。
「ちがうわ。だって、外の世界が、こんなに優しい音に溢れているなんて、思わなかったの。びっくりしただけよ」
お姫様は、そう答えました。





幸せなお姫様の答えに、魔物は安心した様に息を吐きました。お姫様は、とても幸せでした。





…………しかし





Akiotuaykaremirezeeeeeeeeeee!!!!!!!!!!





っ!!!!


聞き覚えのある怒声に、あわてて宝玉を持って飛び退く…何でこいつらがここに…!!



Ihcc...Inegetnnajeneoyogara!!





Attku...aninayettnnadaoh.nnanokeaegataraberurinikamettnnador.





Nnadotogara!!!!!





Uhatirotomayemetukadasioy!esakkukoiutiatonin!!





……やあ、怪盗さん。一週間ぶりかな?





……どうしてここに…地元警察すら相手にしなかったのに…!





それ、自分で言ってて悲しくならないのかい…?





僕たちの情報収集能力を、侮って貰っちゃ困るね!イサトさんがいればこのくらいーー





イタリアasnnaskuihsetatar,atamatamimiminahiattettadekadekodan.





Os er ah i aw an i ed ! ! ! ! !





……?今のうちに帰っていいかな





ああこら!!逃げるな!!今度こそ絶対に逃がさないからね!!





やっぱダメか…待てと言われて待つ怪盗はいないよ!!Salut!


壁に小規模の手榴弾を投げ、穴を開ける…煙で視界が奪われている隙に、私はその穴に飛び込んだ。



まて!!





!Oi,ametチアキ!!





ふふっ、楽勝楽勝!!


遺跡から華麗に逃げのびた私は、改めて得物のオパールに目を向ける…それは、先ほど見たときと変わらず闇色の禍々しいーー



……あれ?


闇色…じゃない…!?



!!





へへっ、みーっつけた♪





ウソだろう!?


撒き切れてなかったのか…!?でも、あの煙幕で司会は完璧に隠されてたはず…なんで…!?



あいにく、野生の勘は人より働く体質でね♪
空気の流れさえわかれば、隠された出口がどこなのかは簡単にわかるのさ!





……へえ…君は、鳥か何かなのかな?とても人間業とは思えないね。





いやあ、怪盗さんに褒められちゃうなんて、恐悦至極!





そのまま、捕まってくれるともっと嬉しいな!!





やなこった!!


私は、近場の木に飛び移り、太めの枝を足場にしてその場から逃げだした…たしか、この近くに…!



木を足場にしたって無駄だよ!


よし…いいぞ。このままこっち方面に逃げていけば…!!



っ…!





…残念だったね。その先は崖だよ


私が逃げ込んだ場所は、切り立った崖だった。
眼下には濁った川が流れていて、そのまま落ちればーー。



そこから飛び降りるも一興だ。でも、ここの川はどこも流れが速い上に浅い…飛び込みに適しているとは言えないよ





さあ…盗んだものも持って、こちらへ来て貰おうか?





………





そうだね。それが賢明かもしれない。





そうそう。君だって、死にたくはないでしょう…





でも…捕まるのはもっとごめんだね





!!!


崖の先から弱く踏み切り、私はそこから身を投げた。
眼下に広がるのは、不穏な音を立てて流れる川…確かに、そのまま飛び降りてしまえば、大けがは免れないだろう…だが、私にはこれがある!



今!!


ごつごつした崖の岩肌に、フックショットを引っかけ、落下を停止させる…実は結構肝が冷えた。冷や汗が止まらない。



……二度としない…


パラシュート、余分に貰っておくんだったな。



キャラメリゼェェェェ!!





?ああ、チアキ!驚かせてごめんよ!この通り、私は無事だから…君も安心して仲間の所にーー


……この音…!?



へ…?





な…!!


まさか…私を追って飛び降りたのか…!?
驚きの表情を貼り付けたチアキが、眼前を通り過ぎるーー



バカ!!


フックショットから手を放し、チアキの後を追う…クソ…スピードが思う様に出ない…!



間に合え…!頼む…!!





ーーっ!!


あと、少し…!!



…!とどいた…!





っ……!!


とっさに身体を回転させ、チアキを衝撃から守る…思いの外強い衝撃に、私はあっけなく意識を手放してしまったーー。
その後、下流に流れ着いた所で目が覚め…現在に至る。



うう…イサトさん…モモイグサさん…どこですかぁ…!!





二日で…戻れるだろうか…


こうして…心配事しかない共闘生活が、やむを得ず始まったーー。
