パープルさんに連れてこられたのは、見たことのない公園だった。
ここは……?
しばらくここでお待ちください。
追って使いの者が参りますので。
パープルさんに連れてこられたのは、見たことのない公園だった。
どの街にもひとつふたつはありそうな憩いの場に、ごく普通の遊具が並んでいる。ただ一つ気になったのは……空。
あれ、地球……?
本来月があるべき場所に、浮かんでいたのは地球によく似た天体だった。
そう、あれは地球だよ。……もっとも、実像を元にした作り物だけどね。
あなたは……?
どこからともなく現れたのは、サラリーマン風のおじさんだった。
初めまして。真黒玄乃介です。シン ブラックの社長、と言えばわかるかな。
え、ええっ! は、はじめまして!!
因幡稲葉です!
本当は元の姿で会うべきなんだろうけど皆に止められてね。この姿で失礼するよ
はあ……。
ということは、このおじさん……いや社長もネコだったりするんだろうか……。
どうぞ。
どうも。
……ずずず～。
……ずずず～。
こういう空気も嫌いじゃなかったけど、ここに来た理由をあたしは知りたかった。
あの……。
……実はそのコーヒー、ひとつ
百万円以上するんだ。
げほっ、げほっ……、そんなの
あたし払えませんよ!?
ああ、すまない。まさか君がそんなに驚くとは思わなかったんだ。許してほしい
百万円以上といっても、缶コーヒーの味も見た目も、自動販売機でどこにでも売っている商品と変わりがなさそうなのだが……。
もちろん、原価が高いわけじゃない。 かかるのは運賃……物流に関わるコストの問題でね。何しろここは月面だから。
……ほえっ!?
パープルさんはどうやら、あたしを月面にあるシンブラックのプラントにまで運んでくれたらしい。
てっきり、首都圏にある本社なり支社なりで説明を受けるだけかと思っていたのだが……。
まあ、他のプラントの人たちも似たような状況さ。うちは電力消費が大半だからむしろ安いくらいじゃないかな。
は、はあ……。
で、ここからが本題なんだが……。
……君は、転生者だろう……?
えっ……。
ふむ、その顔だと本当に知らないよう だね、……なら彼女の方はどうかな?
安心してほしい、社長としてではなく これは僕個人が君に聞いてるんだ。
転生者というのはわからないけど、
一回死んだ記憶ならあります……。
やはりそうか。まさか本当に出てきて くれるとは思わなかったが、正直に
答えてくれてうれしいよ、ありがとう。
僕が死んだときはそのままロボットに
生まれ変わったんだけど、君の場合は 憑依というべきなのかな……。
元の体もあるようだし、興味深いね。
ロボット……?
ああ、この世界にはカレル・チャペックはいないんだったね。まあ金属でできたドロイドのようなものだよ。論より証拠見てもらうのが一番手っ取り早いかな。
こんな感じだね。
これがロボット。
わあ……。機械なのに人の形をしてる って、なんだか不思議ですね。
僕の願いが反映された結果かな。君は何か願いがあって、その体に生まれたんじゃないのかい?
それが、よく覚えてなくて……。
それは妙な話だね。僕はしっかり覚えてるんだが……もしかすると願い自体が 記憶を阻害しているのかもしれないね。
社長さんは覚えてるんですか?
うん、僕が死んだときのこと、
死後の出来事、そしてこの身体に
なってからのこと、全部覚えてるよ
そうですか……。
……。すまない、同じ境遇の人と話すのは初めてだったもので、つい興奮してしまった。なにせ「私は一度死んだことがあります」なんて誰にも言えないからね
えっ、そうなんですか?
うん。人間、自分の知らない出来事を 無条件に信じることは、なかなかできることじゃないからね。だからそういう 人が身近にいたら、大切にした方がいい
ナーバちゃん。
イナハ、うふふ。
また迷子か、稲葉。
そうですね、大切にします。
うん。……それで、すまないがここからビジネスの話をしよう。因幡稲葉君を シンブラックに入社させたいというのは本当だが、君とこうして話をしたのは 君を仲間に引き入れたいからなんだ。
ボクを、仲間に……?
ああ。転生者のよしみだけじゃない。 君の中にある縮退炉は、今の僕の夢の実現に欠かせないものなんだ。人類の未来のためにも、どうか力を貸してほしい。
結賀博士によれば君が目覚めたのは奇跡らしいね。転生者の憑依とは正に偶然 だが、そのおかげで炉心も転移や変換も使いこなせるようになったわけだ。
――僕が眠り姫に望むのは、君のその 無尽蔵ともいえるエネルギーを使って、変換技術で人類全部の寿命を取り除く こと、そしてロボットを使って労働を 代行して貰うこと。このふたつだね。
……ほえ～。
できないと思うかい? でも、僕らなら できる。君と、シンブラックならね。 そのためならば、僕は君にできることがあれば何でもしよう。
ひとつ、聞きたいことがあった。
……あなたはどうして、人のために
そこまでするんですか?
――僕がそうする理由、か。
確かにそこは重要だね。
君は機械にも本能があるって言ったら、信じるかい?
本能、ですか? 機械なのに?
ああ。この身体になって気がついたんだが、僕は今無性に働きたくてね。生き物が生きたいと願うのと一緒で、実のところ理由なんてないんだ。僕にとっての 存在理由といってもいいかもしれない。
まあ、僕がワーカーホリックな
だけかもしれないがね、
死因もそれだし。はは……。
あはは……。
まあ、機械の僕が言うんだから間違いないよ。『機械の反乱』なんて起こさないから安心してほしい。それは僕らの存在そのものを否定する行為だからね。
――これで理由になってるかな?
はい、よくわかりました、
ありがとうございます。
じゃあ、商談成立、かな?
はい。イナハをよろしくお願いします。
