扉は再び閉ざされた。
もう、この扉が開くことは無いだろう。
これで、誰も私を邪魔しない。



こういう時は………いつもは甘やかしているくせに、いざとなると強引になる、あっちの方が……ね





………オレも何処まで出来るかわかりませんよ。
オレはあの日、引篭もることを許した人間ですから





そうね


扉は再び閉ざされた。
もう、この扉が開くことは無いだろう。
これで、誰も私を邪魔しない。



………


固く閉ざされた扉を見据えて、自然と笑みが零れた。
私は、これを求めていた。
誰にも邪魔されない、
自分だけの空間。
ここなら、
誰も私を傷つけない。
私は誰かを傷つけない
ずっと、ずっと、本を読んで過ごそう。
それが、私が望んだ世界なのだから。



お前って隙だらけだよな





え?……兄さん?


声は思わぬところから聞こえた。
振り返ると、兄の姿がそこに在る。



(どういうこと? 扉の鍵は閉めた……扉はこの一つしかないはず)


それなのに何処から入ってきたのだろうか。
首を捻って考えても答えは出てこない。
答えを知っているのは、目の前の彼だけだ。
私は無言で、彼を見据える。
その答えが語られるのを待つ。



………





そう、睨むなよ





あいつはこの扉を開けることが出来た。扉を開けることは出来ても連れ出すことは出来なかったようだな。仕方ないよな……そのための道具を持っていなかったのだから





?





あいつは、それで良い。お前たち二人は和解した。それで十分だろう





………





あいつはお前が抱えていた別の事情を知らなかった。
不登校になって地下書庫に引き篭もるようになった……その理由を………な





………





だから連れ出すことは不可能。
まぁ、オレもお前たち二人の間にあった事情は知らなかった。
兄貴失格だよな、全く





何を…………言っているの?


分からない。
自分だけ納得して、話を進める。そんな兄さんの姿に苛つきを感じた。



さて…………この【図書棺】はお前の意思で造られたものだよな?





………





半分正解……お爺様の残してくれた知識があれば、難しいことじゃないから





………


私は棚の上にあった本を取り出して見せる。
ボロボロになった古い書物には様々な魔法が記されていた。



発動条件……それは、死の淵にいること。完全に死んでしまってはいけない





………





そして、文字が書かれている冊子……つまり本が必要





あの状況でも持っていたのか





いつでも読めるように持ち歩いている本もあるし、玄関にもリビングにも廊下にも置いてあるでしょ。どこでも魔法を発動できるようにね。





それに、ナイフと本、どちらが大事かと聞かれれば……私は本を選ぶよ。本が一番大事。





意識が途切れる直前に、私はこの魔法を使って図書棺に入ったの。
因みに、現実で死を迎えてしまえば本となって……この棺の本棚に納められるだけ





そんな魔法があったのか……





あったんだよ……
私が造ったのは図書棺への入口。
図書棺は古の魔術師が死と生の狭間に作った魂の記憶を保管するための場所。





魔法なんて使ったこともないよな?





使ったことがない? そんなわけないよ





……





どんなに否定しても私は純血の魔法使い。
それも近視相関により生まれた私が魔法と関わらないで生きることはおそらく難しいこと。だから最低限の扱い方は教えて貰っていたの





そうか……そんなこと、知らなかったな。魔法が使えたなんて、凄いよ。お前





兄さんの方が凄いと思うの。
だって、今の、この空間は私以外を拒絶している……そのはずなのに





鍵を持っていたソルは入ることが出来た。私にはソルと仲直りするという願いがあった。だからソルの存在を受け入れた。
願いが叶ったからソルはもう入ることが出来ない。
だけど兄さんは………





オレはお前の人生の一部だ……どんなに拒まれても側に居るよ。
切っても離れられないのがオレだ。お前がいる場所なら、何処にでも行ける。





だから、あちら側の世界にもいたのね。本の中にも。私が居るから、兄さんも入ることが出来たってこと。
ナルホドね。お爺様の差し金ってところかな?





………まぁな……さて、そこに座りなよ。ソルは追い出せても、オレは追い出せないぞ





………わかった


私と兄さんは探り合うように視線を交わして、ソファーに並んで座る。
言葉通り、兄さんを追い出すことは出来ないのだろう。
ならば、兄さんの意思で立ち去って貰わなければならない。



お前はオレの過去について知っているよな?





………


いきなり、それを言われるとは思わなかった。
私は知っていた。



オレが養子だったって話


彼と私は血が繋がっていないということを。



うん、知っていた





ずっと、言わないのかと思っていたよ





その、つもりだったさ……お前が知らないのなら





………





でも、お前は知っていた。知っていて知らないフリをしていた





どうして、私が知っているって気付いたの?


私は彼をずっと実の兄として見ていた。
怪しい素振りなんてなかったはず。



無意識だろうけど、お前は、考えてオレと接していたからな





ああ…………そうだね。どうすれば【妹】らしいかって考えて接していた。だって、妹として見て欲しかったから。私は今でも貴方たちのことを【兄】として見ているよ。それは、信じて欲しい





………それは、分かっている。無理して妹を演じているわけじゃないってこともな。オレだって同じだ。嫌々、兄になったわけじゃない


彼と手が頭にのせられると、たまらなく安心してしまう。
でも……



子供扱いはしないでよ





オレから見れば、お前はまだまだ子供だよ





………


この人を前にすると、どうしても子供になってしまう。
仕方ない。
だって、ナイトは…………隣に座るこの男の人は、
私の為に用意された兄だった。



オレがここにいる理由。一つは……お前にオレの過去を教える為だ。
オレの言葉で伝えたい。





………何で今更





知りたくなければ、話さない





………私が聞いた話はお爺様から聞いた話だけ。だから完全ではないの。
教えて………貴方の口から





ああ、お前の望みなら。オレは叶えてやれるよ


そして、彼は静かに語り始めた。



オレは奴隷の売れ残りだった……何者でもない子供


