軽く力を入れると扉は開いた。月明かりが廊下を薄らと浮かびあげた。鮫野木は懐中電灯で足下を照らしながら奥へと進む。
　以前来たときと全く雰囲気が違う。暗闇のせいもあるが、それとは別な何かを感じる。静か過ぎる廃墟は不気味だ。

　懐中電灯を照らしながら階段に向う。階段を一段ずつ登る、ギシギシと音を立て二階へ上がった。
　二階へ上がり、倒れていた一番奥の部屋に向おうとしたとき、足下に小さな板が物が落ちていた。鮫野木はそれを拾う。

　階段を上がって一番手前の部屋の前に落ちていたのは、部屋のネームプレートだった。そのネームプレートに野沢心の部屋と書かれていることが分かった。

　鮫野木はネームプレートを扉にかけ直して、奥へと進んだ。野沢の部屋から二つ目の部屋に入る。部屋は机と大きな本棚、ベッドが置かれていた。

　鮫野木はポケットから紙切れを取り出した。

　手紙の意味が分からないまま、鮫野木は紙切れをポケットに締まった。それにしては、頭が痛くならないな。裏の世界に行ったときのと同じ状況にならないと、裏の世界に行けない気がする。

　静かな部屋に鮫野木の叫び声が響く、その声に反応する物は居ない。
　裏の世界に行けたのは名も無き者の仕業だと思うのだが。

　もう一度、叫ぶ扉がゆっくりと開く音が聞こえた。鮫野木は扉のある方を振り向く、すると女の人が鮫野木を見つめながら部屋に入ってくる。なぜか女の人に見つめられると目が離せないでいた。

　女の人が目を瞑ると姿が変わる。まるで早き替えのマジックの用に一瞬で女の人から中年男性に変わった。

　鮫野木の目の前に立っているのは声、姿形さえもカゴメ中学校に居た中年の教師と瓜二つだった。
確か名前は野村だっけ？　どこか、口調が違うようだが、この人が名も無き者の正体なのか。嫌、違う気がする。協力者は名も無き者は多くの名前があるとか言ってたな。まさか、このことだとは思わなかった。
　名も無き者が鮫野木に語りかけてくる。

　鮫野木の言葉に名も無き者は微笑みを浮かべる。

　名も無き者は野村の姿から変わった。その姿は大学生ぐらいの女性だった。何処かで見たことがある。

　人間の感情を理解したい。それだけで十年間、野沢は眠り続けているのか。

　鮫野木の疑問に名も無き者は右手を顔に当てて答えた。

　右手に隠れているが、名も無き者の表情が笑っているように見えた。鮫野木は初めて名も無き者に恐怖を感じた。