


どうでしょう! 少しでも華やかな料理を作れたらなっておもって。えへへ





どうぞ、たべてみてください


空子はまず、ディレクターに地味だと言われた料理をもっと頑張ることにしたようだ。
レッスンなどの空き時間に、料理の練習に精を出している姿をよく見かける。



ローストビーフにビーフシチュー、チンジャオロースにビーフストロガノフ……





牛ざんまいやん! 牛料理が机いっぱい溢れんばかりに!!





ハッ! そや、これがほんまのギュウギュウやで!





……?





これがほんまのギュウギュウやで!





2回言わなくても大丈夫


事務所にいたので、試食係兼アドバイザーを頼まれたひかりとミユが、テーブルいっぱいに並んだ料理の数々を見ながらゴクリと喉を鳴らす。



ビーフシチューはじしんさくです。きのうのよるからしこみました。ひかりさん、どうぞ





うーーっ! かえちゃんが私のために作ってくれたお料理! 嬉しい……嬉しすぎるよっ……!





どちらかといえば空子さんのためですが





それに、わたしはあくまでおてつだいなので、どちらかといえば空子さんのおりょうりです





あうっ、そこは嘘でもいいから私のためって言って欲しかった……!


ガーンとなるひかりを尻目に、ミユはさっそく料理を食べ始めた。



どれもこれも、めっちゃ美味しいやん~! ほわぁ舌がとろけるぅ~


うっとりとしたミユの言葉に、みんなで試食を開始した。
調理中の匂いからもう分かり切っていたことだが、どの料理も非の打ちどころのない美味しさだ。



ビーフストロガノフ、いいんじゃないかな? 型抜きしたサフランライス添えて、クレソンとか飾って、ワンプレートでおしゃれっぽい!





ふむふむ……。じかんも材料もかぎりがあるので、そこもかんがえつつ……めもめも


ひかりの提案を楓が真剣な表情でメモに書き込む。
この子たちは本当に勉強熱心だ。
と、ふとミユが何かを思いついたような顔で、空子に話しかけた。



うーん。料理は文句なしやけど、もういっこインパクトつけれたら最強ちゃうかな?





えっ? インパクト、ですか?





美味しさを伝えるのには、お料理以外の要素も重要やんな? たとえば……


空子を手招きしたミユが、ひそひそと小声で耳打ちをする。



わ、わかりました! 頑張ってやってみます!


そう言って、キッと顔を引き締めた空子が、つかつかと僕のそばに近づいてきた。



ん? 何かな?





……おかえりなさいませ! ご主人様!





!?





ごはんにしますか? お風呂になさいますか?


小首を傾げて、ひかえめな笑顔を向けられる。



それとも……私ですか?


上目遣いに問われて、僕はとっさに目を逸らした。



ミ、ミユ~!!





空子に妙なことをやらせないでくれ! これ絶対意味分かってないから!





ふぇ?





あーあはははー……プロデューサーごめんなー……


かなり動揺させられたが、空子の心のこもった料理は、本当に美味しかった。
あのディレクターも、きっと料理には文句がつけられないだろう。
* * *
そして、本番当日。



いやーこの料理は素晴らしい! 見た目も味も文句なし!





料理そのものもですが、作っている間の時短テクニックもすごかったですね。短時間でこんな凝った料理ができるなんて





もうレストラン経営して欲しい。ボク毎日通いますよ。積極的に太りますよ





今回の料理対決、勝者は――満場一致で空子チーム!


今回も、当たり前のように空子楓チームの勝利だった。
審査員は空子たちの料理を大絶賛だ。
『カット!』の声が響いた後には、匂いにつられてスタッフもふらふら寄ってきてしまう。
そして、誰も唯と千乃の料理については触れようとしない。なかったことにされている。しょうがないと思うけど……。



……


そんな和やかな空気の中に、ディレクターだけが、一人で不機嫌な顔をしている。
* * *



ディレクターさん、怒ったみたいな顔してましたね……


帰り支度をしている時に、空子がぽつりと呟いた。
収録が全て終わった後から、空子はずっとしょんぼりしていた。やっぱり気付いていたのか。



プロデューサー。私、まだ何かいけないことをしてるんでしょうか?





うん。僕も、何がダメなのか考えてたんだけどね。心当たりがひとつあった





!!





ど、どんな心当たりですか!? 何でもいいです、教えてください!


空子が必死な顔で詰めよってくる。
心は痛むが、仕事のことだ。
僕はプロデューサーとして、空子に指摘しなければいけないのろう。



空子はすごくよくやってる。プロデューサーとしてのひいき目を抜きにしても、料理も笑顔も百点満点だと思う





でも、料理対決で勝った時、ちょっとだけ悲しそうな顔をしてるんだ





それは……その





分かってるよ。唯と千乃が、負けてしょんぼりしてるのが気になるんだよね?





僕は、空子のそういうところが美点だと思ってる。自分が勝ってうれしい気持ちより、友達が負けて悲しい方が悲しい。優しい空子らしい、良いことだと思うよ





でもきっと、それだけじゃ駄目なんだ





だめ、ですか……?





うん。きっと、あのディレクターがテレビで放送したいのは、料理のクオリティだけじゃない





もっとこう、勝負に勝ちたい! 勝った! やった! みたいな、グイグイくる感じが欲しいんじゃないかな





そうやって、勝って喜ぶ空子たちと、負けてしょんぼりする唯たちの、対比の構図が欲しいのかなって……僕は思ったんだ





もっと、勝ちたいと思うこと……勝ってうれしいと思うこと……


うつむいた空子が小さく呟く。
しばらく悩んでいた様子だったが、ぱっと顔を上げると、にっこり笑った。何かを決意したような表情だ。



分かりました、プロデューサー! 私、もっとがんばります!





テレビを見てくれる人が、もっともっと楽しくなれるようにしないと、ですね!


やっぱり空子は、どこまでも前向きな女の子だった。

全力で応援してるぞ、空子!!!