依頼人だ。その女性は、恐る恐るといった様子で中に入ってきた。

席を勧めると、きょろきょろと視線を動かしつつ、彼女は腰を下ろした。

……深呼吸。いよいよ、本題だ。

鳴海さんは、覚悟を決めるように二度うなずくと、こう続けた。

忘れられない人。

それなら、僕が記憶をみる必要はないのでは……?

こんな依頼は、初めてだ。

今までは、「人助け」という印象の強い依頼が多かった。

もちろん他人の記憶を「覗く」ことは、プライバシーに踏み入ることと同義だ。比べるものではない。

……でも、この依頼は、明らかに、本質が異なる。

忘れられない人。それでも、名前を思い出せない人。

その人に関する記憶--------いったい、どんなものなのか。

それは彼女にとってよい記憶なのか?それとも--------

--------いや、それは僕が考えることではないし、決めることでもない。

その記憶は、僕のものではないのだから。決めるのは、鳴海さんだ。

気を引き締めなおし、僕は口を開く。

こうして僕の、『記憶屋』としての仕事が始まった。

第四話へ、続く。