一台のワゴン車が壊れたバンの傍らに停車した。
一台のワゴン車が壊れたバンの傍らに停車した。



支局長!


運転席の男を見てヒトミが思わず声を上げた。



どうやら無事だったようだな


ワゴンの車窓から顔を出したキタニが驚いた様子のヒトミを見ていった。



どうしてここに……





電話かけても出ないし、アパートにもいない。どうせこんな事だろうと思ったが。無理はするなと言ったはずだぞ





心配かけてすみません。それに……社用車壊しちゃいました





そんな事はどうでもいいが、怪我はないのか?


キタニが優しい声でいった。ヒトミは黙って頷いた。



全くお前ってヤツは昔から心配ばかりかけやがって、相手はただの暴走族じゃあないんだぞ、裏には政府公認の暴力団がついてるんだ





すみません……弟を連れ戻そうと……





無茶しやがって。ヤツらのアジトはどうなってる? カジ達が制圧したか……





あんた、なんでそれを知ってるんだ?


不信の色を隠さずマスターが口を挟む。



カジとは腐れ縁でね。まあ、昔の同志ってとこか


キタニはマスターを見てそういった。



そうか……。今はどうなってるかわからない





まあ、カジに任せて大丈夫だろう。それであんたが拉致された本人か?





ああ、でも家族は港の廃ビルに監禁されてる。急がないと船で連れ去られちまう





そうか、どうする? この車で救出にいくか? 何とか全員座席に座れる





いいのか? そうしてもらうと助かるが、どうしてそこまで?





この国は普通の国じゃあないからな。オレは普通の国に戻したいと思ってる。ただそれだけだ。力になれる事があれば何でも言ってくれ





すまない、恩に着る





じゃあ、みんな車に乗ってくれ!


キタニが全員に声をかける。
助手席にマスター、三列シートの後部の二列目にヒトミとユキオ、三列目にヤマサキとハルトが乗り込んだ。
ワゴンはトンネルを抜けるとスピードを上げて峠道を走り出した。



今日ネオシティの西ゲートで大規模な暴動が起きるっていう情報がある


キタニがいった。



……どういうことだ?


マスターが反応する。



スカベンジャー達が壁を爆破するらしい。まあ、確実な情報じゃあないが、そうなったらネオシティの壁の外の連中が大挙してこの街になだれ込んで来る





そんなに簡単にいくわけがねえ、今まで何度もそういう騒ぎはあったろが、しかし全部政府軍に簡単に鎮圧されてきたはずだ





ああ、確かに今まではな、だが今回は少し違う





どう違うんだ?





政府は情報をつかんでるのに政府軍に何の動きもない───まったく平常時と変わらない、もしかしたら軍にクーデターの動きがあるのかもしれない





───そんな馬鹿な





この国は自由な選挙のない一党独裁状態によって支配されている。一部の特権階級だけが壁で守られた街でのうのうと暮らしている。壁の外じゃあ飯も食えない国民がいて見殺し状態だ。放射能汚染で国際社会にも見放されて、人権状況は世界最悪の部類だ





そんなことは分かりきったことだ





ああ、でも、何かが変わろうとしてるのかもしれない





何も変わりゃしねえよ。誰が政権を取ろうが、同じことだ。いつか権力争いは繰り返され、オレたちの苦しみが消え去ることなんかねえ。そんなことより、今は家族の事で頭がいっぱいだ





その通りかもしれないな、悪かった


キタニが運転するワゴンは峠を峠を下りきると国道に入った。



港に到着するにはこの時間帯なら国道で市街地を通過するルートが一番はやい


助手席のマスターがキタニにいう。



そうだな


キタニが頷く。
辺りはまだ暗い。しかし開け放った車窓から流れ込んでくる空気は朝が近づいてきているのを感じさせた。
郊外とはいえ牧歌的な田園風景があるわけではない。ただ殺伐とした荒野が拡がる中ハルト達を乗せたワゴンはひたすら西に向かって走り続けた。
やがて市街地に入ると真新しい高層住宅ビルが立ち並ぶ居住エリアへと風景は一変した。
東の空が明るくなり始め長い夜が終わろうとしていた。
数台の車とすれ違うようになったが早朝のため交通量はまだ少ない。
交差点に差し掛かりワゴンは走りだして初めて信号で停車した。



おい、ビルはどこだ?


マスターが助手席で煙草をふかしながらユキオにいった。



何だって?


突然の問いかけにたじろぐユキオ。



オレの家族が監禁されてるビルはどこかって訊いているんだ





なんだってんだ!? 急に





お前にはここで車を降りてもらう


振り返ってユキオを睨みつける───マスターの冷めた声



どういう意味だ?





オレはどうしてもお前を信用することはできねえ





そういう事か、それじゃあ仕方ねえな、住所は第二十自治区XXXX-XXX 取り壊し予定の廃ビルだ


マスターがカーナビに住所を入力するとすぐに該当するビルがヒットした。



どうやらでたらめじゃあねえみたいだな





なにも嘘つく必要もねえよ、ヤバイ橋渡るよりここで降りたほうが得策だしな。悪いけど姉貴は頼む、オレはやっぱり一人の方がいい


そういうとユキオがドアを開けた。



ちょっと、待ちなさいよ!


ユキオは抑止するヒトミを振りきって車を降りた。



姉ちゃん、世話になったな、お陰で人生やり直せそうだ


そう言い残しユキオは道路を横断すると反対車線の歩道に立ち笑顔でヒトミに手を振った。
その時、後方から狂ったように激しく空ぶかしする大型バイクのエンジン音が聞こえてきた。
驚いてユキオが振り返ると数百メートル程後方に一台のバイクに二人乗りしたヒラヤマと金髪ノガミの姿があった。



───ヒラヤマ、まさか・・・・・・まだ生きてやがった!


後部シートから降りたノガミが、足を引き摺りながら中央分離帯に立つと「お前ら全員死にやがれ!!」と叫び、肩に担いだ携帯式ロケットランチャーからワゴン目掛けていきなりロケット弾を発射した。
轟音と共に飛び出した榴弾ロケットは黄色い火炎を噴射しながらワゴンが信号待ちする交差点の対面する信号機の制御ボックスに着弾する。
ロケット弾は内部に詰められた爆薬を瞬時に炸裂させると強烈な高温高圧の炎を吹きあがらせた。
信号機のポールは爆音とともに上空高く吹っ飛び、路肩のアスファルトが一瞬でめくれ上がった。
同時に弾薬を包んでいた砲弾の破片が猛烈なスピードで周囲に飛び散る。
そばに立っていたユキオはまともに鋭い鉄片を全身に浴び、その身体は一瞬でズタズタに切り裂かれた。
強烈な地響きと爆風が発生し着弾地点から二十メートル近く離れたワゴンの車体を大きくバウンドさせた。
