目を凝らして周囲を見渡す。
この螺旋階段は、見覚えがあるものだった。
確か、転げ落ちた階段のようにも思える。
目を凝らして周囲を見渡す。
この螺旋階段は、見覚えがあるものだった。
確か、転げ落ちた階段のようにも思える。



待っていた





……


扉の前に立つのは先代幻獣王。オレの祖父だった。
亡くなった時の姿のまま、優しく微笑みかける。
なんで、そんな顔をするのだろう。
オレは、貴方が築いた全てを台無しにしたのに。
威圧感のある表情で睨んで、怒鳴っても良いのに
穏やかな声で、告げる。



複雑そうな顔をするなよ





まさか、ここで会えるとは………





この扉を開くためには罪を吐きだせ。まだ誰にも告げていない、お前に秘められた罪を





そうか………それで、貴方だったのか





ここで待っているのは己の罪だ………お前は、儂に対して強い罪悪感を抱いていたのだな…………





………ごめんなさい、オレは一族が築いてきた全てを台無しにした。幻獣王としての力を捨ててしまった





………お爺様の最期の願いを叶えることが出来なかった





父上と兄上が……





本当に親不孝者たちだよ……老い先短い現当主より先に死ぬとはな





………お爺様





デューク、お前は死なせないよ





嫌だ。どうせなら………一緒に………





儂に孫殺しをさせないでくれ……





………っ





……お前にコレを授けよう。幻獣王の証とか、そんな、たいそうなもんじゃない儂の御守りじゃ。





ナイフなんて、人間が使うものでは





だから、御守りだ。儂と契約しようとした人間が儂に置いて行った魔法のナイフ。切っ先に念じれば探し物の場所に導いてくれるそうだ。





…………受け取ります





幻獣王の血を遺す為にも、お前は生きてくれ


あれが、最後の会話になってしまった。



オレは……幻獣王の力を放棄してしまった。血を遺したいと言った貴方の最後の願いを裏切った





………お前を幻獣王にするつもりはなかった





………





皆が共に支え合って生きることを望んだのに、集落の連中はお前を責めてしまった。お前だけに押し付けた。お前が未熟だということは最初から知っていたのに。彼らは幻獣王という存在に依存しすぎていたのだろう





オレが弱かったからだ。弱かったから………


道を歩けば、こんなのが幻獣王で大丈夫なのかと不安の声を聞く。
どうして跡取りでもないデュークが生き残ったのだと、罵声を浴びせられることもあった。
理不尽な誹謗中傷に耳を塞いで、うずくまる日々を過ごしていた。
ミランダと出会い、彼女と契約を交わしたとき……これが一族に対する裏切り行為だということを自覚していた。



オレはいけないことだと知っていてミランダと契約を交わした。オレは弱かったからミランダを喪った。そんな弱いオレが幻獣王になれる気がしなかった。オレはミランダとの約束を理由にして幻獣王の力を放棄したんだ





………





ミランダとの約束は大切だった。だけど、心の何処かで、この力を放棄すれば、幻獣王としての役割から逃げられるって思っていたんだ





お前は弱くはない





え?





魔法使いと契約を交わせるのは、それなりの獣だ。お前には魔法使いの力となる資質があったということだ。それは力があるということだ





………オレに力が……ある?





実は、儂も以前に魔法使いから契約を求められたことがあったんだ





………





儂は断ったがな……どうにも信用できなかった。疑い深かったのだろうな。あの男は悪い男ではなかった。それを信じることが出来なかったのさ。そんな心の狭い儂とは違って、お前は心が広い





心が? そんなはず……





どんな形とはいえ、魔法使いとの契約に成功したのだ。それは、お前が相手を信じた結果だろう





ああ、オレはミランダを信じていた





それに、お前は出会った獣たちの声に耳を傾ける。そんなことをするから、数多くの人間から憎まれたのだろう。我々など、故郷の集落に引き篭もって、訪れる獣のことしか救おうとしない





………





お前が、幻獣王の力を放棄したことを罪だと感じるのなら……そのまま背負っておくと良い。その心もお前の一部だからな。ついでに、一緒にこれも忘れるなよ





………





お前は、優秀な自慢の孫だ。どんな罪を背負っても、それだけは変わらない





………はい





さぁ、扉は開いたぞ


罪を語ったはずなのに心が痛くない。
先代の幻獣王は威厳があって、穏やかで、優しくて……理想の王だった。
もう一度、会えるとは思えなかった。
オレは深く深く頭を下げる。



……っ!! デューク!! 目の前が真っ白になったよ。ビックリした





………ラシェル


扉の前にあった祖父の姿は消えていた。
視線を動かせば、ラシェルの視線とぶつかる。



………わ、驚いた。どうしたの?





いや、何でもないよ………扉、開いたみたいだな





そうだね


一人だったら辿り着かなかったかもしれない。
この扉を開けなかったかもしれない。
だけど、大丈夫だ。



開くぞ





うん


