--------10月某日。
--------10月某日。
顔を合わせるのはお盆以来であるおばあちゃんに呼び出され、私は茶道教室も行われる二ノ宮の本邸へ足を運んだ。



舞花、急に呼び出したりしてしまってごめんね





ううん、気にしないで。それでおばあちゃん、頼みってなに?


茶道の師範であるおばあちゃんは、時が止まってしまったかのように若々しい。
昔の写真をみせてもらったことがあるけれど、年を取ったのか疑わしいほど、変わらない。



前置きはなしで、本題に入るわね


ひとつ息を吐いて、おばあちゃんは切り出した。



時間の売買を行っている『時間屋』というお店があるんだけれど、貴女には其処へ行ってきてほしいの





時間を……?





そうよ、信じられないかもしれないけれど、時を操ることの出来る店主が、ひっそりと営んでいるお店なの





詳しいことは、私も知らないのだけれど……


思わず眉をひそめてしまう。
この話は、素直に受け入れるにはあまりに現実離れしていたからだ。



そんなお店、本当にあるの?





えぇ、それは確かよ。時蔵、という街の商店街の奥深く、というあやふやな情報しか、わからないのだけれど……行ってきてくれるかしら?


考える。正直胡散臭いとすら、思ってしまう。
けれどおばあちゃんは、二ノ宮花楓という人は、現実味のない嘘を吐くような人ではない。
私はそのお店のことはあまり信じられなかったけれど、祖母のことは、信じられる。



うん、わかった。行くよ、私





本当? 良かった、こんな話を舞子にしたら、ほら、呆けてしまったんじゃないか、なんて言われてしまいそうで怖くって





やだおばあちゃん、まだまだそんな歳には全然みえないよ





そうかしら?


その日はそれからすこしの時間を過ごした後、すぐに帰宅した。
その三日後、おばあちゃんは倒れた。
病院に運ばれたが、いまだに意識は戻らないままもう一週間が経とうとしている。
このままおばあちゃんが目を覚まさなかったら……恐ろしくてそれ以上の想像をすることが出来ない。
私は手遅れになってしまう前に、とその週の土曜日……つまり今日、早速『時間屋』を訪れることに決めたのだった。



二ノ宮様でいらっしゃいましたか……





祖母をご存じなんですか!?


私が一通りのことを話し終えると、時屋さんは開口一番そう呟いた。



いえ、花楓様との面識はありません。おじい様……正蔵様に以前、当店をご利用いただきまして





祖父……。知らなかったです


おじいちゃんは、もうずいぶん前に亡くなっている。それこそ私の物心のつかない頃の話で、私はおじいちゃんと過ごした時間のことを、ほとんど覚えていない。
それにしても、私が知らないだけで、二ノ宮家はこの『時間屋』となにかと縁があるようだ。



お話はわかりました。花楓様が目をお覚ましになったら、またいらしてください





わかりました。その、代金のことを……


おばあちゃんは今昏睡状態だ。私に出来ることなら、なんでもしたい。
そういう気持ちで発言したのだが……



もう頂いておりますので、問題ありませんよ





え……?


もう、頂いている……?
どういうことだろう。
私はもちろん払っていないし、おばあちゃんはこのお店の正確な場所すら把握していない様子だったから、直接来たわけでもないだろう。



怪しまないでください。そういう契約を交わしている、とだけお教えしましょう。それ以上は、花楓様に直接お訊ねください


ハッとした。訝しんでいるのが表情に出てしまっていたようだ。



……このお店のことについて、教えていただくことは?





……そうですね。貴女も全くの無関係というわけではないのですから、すこし、お話ししましょうか





一番知りたいことは?





本当に、時間を売買出来るのか、出来るのならその方法、でしょうか





時間の売買が不可能なら、店を構えることなど出来ません。前提を疑われてしまえば、私の責務が果たせませんので、信じていただくしかありません





すみません、でも、そう簡単に受け入れられることでは





貴女が受け入れる必要なんて、ひとつもありませんよ





私が契約しているのは、あくまで正蔵様と花楓様ですので


……冷たい響きだった。
契約、という言葉が脳内にこびりつく。契約を結んだ話など、そういえばおばあちゃんはしていない。
時屋さんの表情は、すこしも動かない。此処へ来た時に受けた印象が甦る。
--------彼がまるで、作られた美しい人形のようだという、印象が。



もうひとつは、方法、でしたね。おみせしましょうか





あっ、結構です!!





……そうですか


それから私は、もごもごとくちびるを動かし、ろくに挨拶もしないまま飛び出すように店を後にした。
背筋に嫌なものが走る。
恐ろしく、美しい。
ふたつの印象だけが強く残っていて、私はその言葉を振り切るように、しばらく走り続けた。
第四話へ、続く。
