自分の中に違う人間がいるかもしれない。そんな感覚を持ったことはないだろうか。
違う自分がいたらいい。そんな思いで占いや心理テストといったものを受けてみる。そんな人も多いのではないかな。自分自身への興味というものは尽きない。
自分の中に違う人間がいるかもしれない。そんな感覚を持ったことはないだろうか。
違う自分がいたらいい。そんな思いで占いや心理テストといったものを受けてみる。そんな人も多いのではないかな。自分自身への興味というものは尽きない。
自分を知りたい。そんなものに答えがあるなら何年かければ回答がでるのか。
答えは簡単。そんな問いをするなら、違う人間が自己の中にほしいなら作ってしまえばいい。人間の医学は進歩した。それくらいなら造作もない。
そう、無いなら、見つけられないなら・・・作ってしまえばいい。
今日も僕は普通の朝を迎え普通に過ごすのだと考えていた。「いつかは誰かの救世主になれたらいい」というヒーローへの憧れを頭の辺境に置きながらもいつもの毎日が終わるのだと考えていた。



今日は平日だっていうのになんでこんなに人が多いんだ。


高校2年の春休み。課題も無くおそらく高校生活において最も平和といわれる時間。久しぶりの休みでやることもない。町を歩いてみよう、そう思って出かけてみた。
久しぶりに商店街に出てみると意外と楽しいものである。普段の学校生活とは違う開放感を感じることができた。
行きつけの喫茶店でコーヒーとケーキを注文した。学校があるうちはいけなかったので、僕は久しぶりのフルコースを堪能できた。満足感・清涼感があふれてくる。
特にこれを好きになったきっかけは覚えていないが、好きなものは好きなのである。
そんなこんなであっという間に時間は過ぎた。
真冬も終わって暖かくなってくると当然変な虫も冬眠を終えて出てくるというものだ。
夕方の駅前、そんな思いを抱かせるような光景が目に入ってきた。



君、西校の子だよね。一度話してみたかったんだ。今から時間ある?





私忙しいので・・・。さよなら





ちょっと待ってよ。それで終わり?なんかお礼は無いの。





お礼?何のことですか。





察しが悪いなぁ。君の学校頭良いんでしょ、僕がわざわざ来たのに何もなしで逃げるなんて。





ごめんなさい。


学生服の男子は、走りだそうとした女の子の腕を力強く掴んだ。 逃がす気はないようだ。



どこに行くのかな。何もなしで逃げるのは嫌だって言ったの聞こえなかったかな。





!





わかるよね。頭良いものね。


その手にピカリと光るものが見えて、女の子の動きは完全に封じられてしまった。
それからそいつに連れられて人通りの少ない道まで連れて行ってしまった。



仕方ないか、見た以上は。


間食したケーキの消化だと思って二人の後をつけることにした。
駅から少し離れた人通りの少ない道まで来た。まだまだ春になるには少し早い時期。
太陽の明かりもこんな裏道には届かないくらいの位置に行ってしまっていた。



なんだ君は。関係ない人は帰ってくれないか。





見ちゃったものはしょうがないじゃないか。





・・・


人気がないところまで来て、まさに女の子に危機が訪れようとしたところに割って入って現在に至る。
春休みで退屈していたのだろうか。特に恐怖などはなかった。



気に入らないな。今君は刃物を向けられているんだよ。おとなしく逃げたらいいんじゃないかな。ぶっちゃけ邪魔なんだよ。人の楽しみ邪魔して





うわ、本当に頭悪そう。語彙力ないし





邪魔だよ。別に君なんか刺したって ・・


そう口にした瞬間。僕の右足はそいつの手にあった凶器をはじき飛ばしていた。



痛!


一瞬の怯みを見逃さず追撃の前蹴り。



は!


鈍い音とともにそいつは倒れた。
「案外上手くいった」そんな感想が頭に浮かんだ。そして、倒れて凶器に向かうそいつの腕を踏んで完全に動きを止めた。



・・・痛い





隙だらけだったし。今警察呼ぶから。ねぇ通報しなよ





は、はい


スマートフォンを取り出す女の子。怒りの感情なのだと分かる語気、ちらりと横目に見えたその顔には涙を浮かべていた。
待って!待ってください!



お願い。通報だけはしないで、お互い面倒でしょ。それにもうこんなことはしない。これに懲りたから。だから許してください。





こう言っているけど、どうする。見逃しても損は無いと思うけど。





・・・


沈黙してしまった。余計なことを言わなければよかった。そう思った瞬間。



チャンス


押さえていた僕の右足をどけて一目散にそいつは逃げてしまった。



あっ・・・


まさにあっという間の出来事だった。
女の子もその一瞬のことに気を取られてスマートフォンを持つ手が止まっていた。



ごめん逃げられた。無事、じゃないよね。


何も言わずに立ち去るのもアレだ。だからとりあえずそう声をかけてみた。



助けてくれてありがとうございます。被害と届けは後で自分で出しに行くので今日はもういいです





そう、なら早く帰りなよ。まだアイツも近くにいるかもしれないし





分かりました。あの、不安なので駅までお願いします。


そうお願いされたのを無下にするわけにもいかず、駅まで同行することにした。



ここで大丈夫です。本当にありがとうございました


ぺこりとお礼を言われた。
見知らぬ女の子に感謝される機会なんてないものであると思っていた。素直にうれしかった。



じゃあ。気を付けて





あの、赤沢です。赤沢菜月です西校の1年です。新学期からは2年生ですけど





杉本薫。同じ高校だったのか。
新学期から3年になる。また縁があったらよろしく。


それぞれの身分がわかりお互いに安心できた。
そう自己紹介を終えて赤沢さんは駅の改札へと消えていった。



帰ろ


やっと帰れる。その安堵感もあったが、何より自分がやりたかった「人を助ける」行為に達成感を覚えていた。
しかし、不良の手、腹を蹴飛ばし、腕を踏みつけた右足だけはヒーローになれたという達成感を感じてはいないようだった。
気のせい・・・そう思って何も考えることなく帰路についた。
帰って寝よう。いつも通りに夕飯を食べよう、それだけを脳は考えていた。
僕が女の子を助けた。それに心が躍っている・・ような気がした。
