物がなければこんなに広かったのか、と大翔はフードコートを見回す。部屋が丸々一つなくなるくらい変化するのだ。部屋自体が広くなっていてもおかしくはない。



それで橋下は


物がなければこんなに広かったのか、と大翔はフードコートを見回す。部屋が丸々一つなくなるくらい変化するのだ。部屋自体が広くなっていてもおかしくはない。
部屋の隅に固まってなにやら話をしている集団があるが、あの中に尊臣はいないらしい。こういうときはあのバカみたいにデカい体格は一目で見分けがついてありがたい。



まったくどこをフラフラと歩き回っているつもりなんだ





ちょっと聞いてみますか。目立たない方が無理な奴だし


他に行けるような場所もなかったはずだ。大翔は何かを話し合っている集団に近付いていく。あと数メートル、というところで話が止まり、一斉に大翔の方に向き直った。
恐怖と狂気をはらんだ瞳に大翔の足が震えた。怯えていると同時に怒りに燃えているのが一瞬にして感じ取れた。精神が肉体の束縛を抜け出そうとしているように見えた。もしかすると、大翔も同じような目をしているのだろうか。



あぁ、人間だったか





すみません、驚かせて。あの、身長が二メートルくらいあるガタイのいい学生服の男って見ませんでした?





いや、そんな奴は見てないな


集まっていた人たちが顔を見合わせるが、手がかりになりそうな答えは返ってこない。嘘をつく理由もない。本当に知らないのだろう。



ふむ、手がかりなしか。それでそちらは何かあったんですか?


大翔の後からゆっくり歩いてきて隣に並んだ光が、話を変える。



あぁ、ちょっとこれを見てくれるか?


一人が指差した方を覗き込む。人の波が割れて出てきたのはやはり大翔がしゃがんでどうにか入ることができそうな通路だった。昨夜に通ったものよりも一回り小さい。大翔でも這っていかなくては通ることはできなさそうだ。



これは?





昨日ここは色々と見てまわったはずなんだけど、こんなのはなかったんだよ





確かに僕も見ていないね


あのごちゃごちゃと物が置かれていた昨夜のフードコートなら見逃していてもおかしくはない。だが、ここまで見てきた大翔にはただの見逃しには思えなかった。



世界が、広がっている





ほう、なかなか叙情的だ


キザっぽく言った光に大翔は思わず光の腕を軽く叩く。



ちゃかさないでくださいよ。ここ、昨日はただの壁だったんでですよね。向こうに何かあるかもしれない





奴がいるかもしれない


狭い通路の前にしゃがみこんだ大翔に光がぼそりと言った。今度は本気だ。冗談ではない。



誰か向こう側を確認した人はいるのかい?





行けるわけないだろ。今言ったみたいに奴がいるかもしれないんだから


光に問われた男が声を荒げた。好奇心は猫を殺す。ここでは高速道路の真ん中を歩く猫よりも人間なんてすぐに殺されてしまう存在かもしれない。
誰もが恐怖する存在の名前を直接口に出そうとはしなかった。その名を呼べばどこかから現れてくるような気がしてならなかった。口を合わせたわけでもないのに誰もがカベサーダを奴、と呼んでいる。
その明確な恐怖がこの先に待っているかもしれない。



だそうだが?





よし、行きましょう


言うが早いか、大翔は遠くに見える細い光に向かって手を伸ばすように通路の中を確認する。
昨夜通ったものより狭いが、壁の材質は似たようなものだ。無機質の少し手に張り付くような触感。這い入っても体に傷がつくこともなさそうだ。



予想はしていたけど、即決即行動か





橋下が向こうにいるかもしれないんだから、行くしかないですよ





彼じゃこの通路は通れないだろうからね


大翔がギリギリ通れる程度の広さでは尊臣は肩で詰まってしまうに違いない。



昨日通った奴よりも狭いな





それを君はどう考える?


後ろを進んでくる光の声が間隔の狭い壁に反射してうねって聞こえる。急にたくさんの光が話しかけてきたように感じられて大翔は顔を歪めた。ただでさえ狂っているこの空間で何が物理的に可能な事象で何が夢の中だけの事象なのか判断はつきにくい。



元々切り離されていた夢がだんだんと繋がり始めている。この通路が誰かの夢への繋ぎ目じゃないかって





つまりこの先にあるのは誰かの夢の世界だと?


はい、とだけ大翔は答えた。確証できるものは一つもない。今までいたホテルが誰の夢でモールが誰の夢かも知らない。あくまで大翔の頭に浮かんだだけの突拍子もない思いつきだ。
光は大翔の考えを否定も肯定もせず、ただ一言面白い、とだけ答えた。



それじゃこの先にあるのは橋下の夢で、僕らの学校だったりしてね





それなら地図を把握する必要もないですね


冗談を飛ばしあう二人の心中は到底穏やかとは言えない。尊臣を見つけ、互いに守りあおうという約束を守るつもりはあっても、危険に飛び込むことを望んでいるわけではなかった。じりじりと大きくなっていく光の方へと進み、ようやく狭い通路から身を外へと放り出した。



本当に学校だとはね


出口は女子トイレの入り口だった。掃除道具が入っていると思われるロッカーが斜めにかかり、隙間が自在ぼうきやモップ、雑巾で埋められている。大翔が昨夜見たホテルの情景によく似ている。
きれいさっぱり片付いていたホテルとショッピングモールの物を全てこちらに投げ込んだかのように校舎内の廊下には机や教科書、部活や体育で使うボールやバットやラケットやらがあちこちに散乱していた。
