どのくらい進んだか、ようやく光が大きくなり始め、外に辿り着くと、大翔が昨夜夢の中で見たショッピングモールの三階だった。この辺りは通ったような気がするが、こんな通路はなかったはずだ。
どのくらい進んだか、ようやく光が大きくなり始め、外に辿り着くと、大翔が昨夜夢の中で見たショッピングモールの三階だった。この辺りは通ったような気がするが、こんな通路はなかったはずだ。



お、神代。やっと来たか





俺が最後みたいだね





僕はまたこの近くで目が覚めたんだけど、君はどこにいたんだい?





今俺が出てきた通路の向こう側。ホテルみたいなところになってた


大翔は今出てきたばかりの通路を振り返る。通気口よりはかなり大きいが、店の入り口には小さすぎる。およそ本物のショッピングモールにはないものだ。



ホテル? 昨日こないな通路はなかったな?


尊臣が大翔と光を見るが、二人とも黙って首を振った。こんな違和感のあるものがあれば、誰だって気がつくはずだ。奴に追い回されていなければ。



たぶん。それから向こうに俺たちみたいにチーム組んでる人たちがいた。仲間に入らないかって





まぁ、最初に思いつく対策だからね。ネットでも募集がかかっていたよ





それで断ってきたんか





二人がいなかったからな。一緒に合流するなら歓迎するって


大翔の話を聞いて尊臣と光は顔を見合わせた。



悪くない話、とも言いがたいのお





数が増えるってことは力関係ができるってことだ。少数が犠牲になる選択だって迫られるかもしれない


二人が重々しくこぼすのを大翔はぼんやりとして聞いていた。そこまで頭が回らなかった。というよりもまったく想像もしていなかった。大翔はまだどこかでこの世界がやはり夢そのもので何があっても生きて帰れるものだと考えているのかもしれない。



そんな冷徹そうな人じゃなかったけど


大翔は自分の口から出た言葉がやけに強いことに気付く。だが、一度出してしまった声は何をどうしても引っ込めることはできない。ただその言葉に対する光の答えは優しかった。



それなら自己犠牲心が強いのかもしれない。どちらにせよ、ただ多く集まるだけがいいことじゃないさ





ほら、ごちゃごちゃ言うてないで行くぞ





どこに?


歩き出した尊臣を大翔が驚いて呼び止める。



どこに、って今日の話聞いとらんかったんか? 地図書くんじゃろうが


そういえばそんな話をしたような気がする。大翔は昨夜に出たカベサーダに対する恐怖、味方への安心感。そして千早に言ってやれないことへの逡巡でそんなことはすっかり頭の中から消えていた。
確かにこの場所に来てから少しだけほっとしている自分がいる。知らない場所よりも知っている場所の方が安心感があるのは事実だった。



下手に動き回ると危なくないか?





向こうも動いてくるんだから一緒だよ。知らない場所をやみくもに逃げるよりマシさ


大翔の肩を叩いた光は視線で尊臣の背中を示す。ついていこうということなのだろう。尊臣の方はその場からなかなか動かない二人に少しいらだっているようだった。
またげんこつが降ってこられても困る。ここは夢の世界でありながら、受けた傷は現実世界でも残るのだ。大翔は何かが潜んでいそうなモールの閉まったシャッターから少し離れて、大翔は尊臣の後に続いた。
昨日と雰囲気が変わったように感じられるのはカベサーダの存在を気にしているからだ、と大翔は考えていたが、実際のところはそうではなかったらしい。



なぁ、昨日こんなんあったじゃろうか?





いや、なかったろ。あったら絶対逃げ込んでる


この辺りは昨夜カベサーダに追いかけられていた辺りのはずだ。そこに扉が外されたような出口がぽっかりと開いている。昨日見たなら間違いなくカベサーダの目を逃れるために入っていただろう。
大翔はこのモールに来てから感じている違和感の正体に少しずつ気付き始めていた。大翔が通ってきたホテルとを繋ぐ通路しかり、この扉しかり。よく見るとホテルのものより安物に見える絨毯には鋭利な爪を持つ奴が走ったにも関わらず傷一つない。



もしかしてここ、昨日とは違う場所なんじゃないか?





何言うとるんじゃ? そんなことありゃせんじゃろ





よく似ている別の場所ってことはないか?


同じ場所だと思っているからこその違和感。ならばまったく別の場所である可能性はある。大翔ははっとして吹き抜けの下側を覗き込んだ。



やっぱりない


昨日の光景は未だ目に焼きついて離れない。白いスポットライトに照らされたステージに広がった赤い血の跡。それは今はもうどこにも見えなかった。



誰かが掃除したってことはなさそうだね


するとしても、いったい誰がそんなことを考えるだろうか。あのカベサーダがやっていたら、少しくらいは恐怖も紛れるというものだが。
大翔が開いている扉を覗き込むと、そこには下りの階段が続いていた。延々と続いているわけでもなく、途中の踊り場で折れ曲がっている。



行ってみよう


大翔が最初に扉のない入り口を通り、その後ろに光、尊臣と続く。踊り場で体を半回転させること三回。三人の前には一枚の扉が現れた。



この先が二階?





たぶんね


きっちりと閉められた扉はそれだけで嫌な予感がする。それでも大翔はドアノブに手をかけて回してみた。



開かない





どけ、ワシがやってみたるわ


大翔が道を譲り、代わりに尊臣が大きな両手でノブ掴んで扉を押す、さらに引く。それでも扉は少しも光を見せようとはしなかった。



無理そうだね





奴らに気付かれても困るわな。下、行ってみるか


さらに下へと進むと、今度は一階に出る扉が既に開かれた状態で光を漏らしていた。



じゃあ、この先が


昨日男が殺されていた場所。そう言おうとして大翔は言葉を止めた。不安を煽る理由なんてどこにもない。
大翔は後ろについている二人に目配せする。



奴がいるかもしれん。気をつけろよ


音が鳴らないように慎重に扉を開くが、錆び付いた蝶つがいは軋んだ音を立てた。決して大きくはない音だが、大翔はすぐに扉を閉じて耳を当てて外の音を聞く。
昨夜の経験上、カベサーダは音に反応してこちらにやってくる。どれほどの聴覚をしているのかはわからないが、たてないに越したことはない。



いないみたい?





なら、早く調べてしまおう。奴にこられるとやっかいだ


もう一度軋む扉を開けて、三人は一階のフロアに出た。
上から覗いたときに見た白いステージの他に物はほとんど見当たらない。本来なら店舗があるはずの壁側はシャッターではなく真っ白な壁に覆われていた。一階だと思っていたが出口は見当たらない。



あの死んだ男はどっから入ってきたんじゃ?





最初からいたんじゃないの? 俺たちが目を覚ますのって決まってないわけだし。そもそもここが同じ場所じゃないかもしれないんだから


昨夜と同じステージには何が催されるかすらわかるものがない。ただひたすらに誰もいない場所を照らしているスポットライトが物悲しかった。
