あまり頭に入らなかった授業を終えて、尊臣に案内されるがままに大翔は旧校舎の端にある狭い教室に入った。一年の教室周りと特別教室以外はほとんど利用しない大翔にとっては同じ校舎の中でも知らない教室はたくさんある。ここもその一つだった。
あまり頭に入らなかった授業を終えて、尊臣に案内されるがままに大翔は旧校舎の端にある狭い教室に入った。一年の教室周りと特別教室以外はほとんど利用しない大翔にとっては同じ校舎の中でも知らない教室はたくさんある。ここもその一つだった。
教室の三分の一ほどの広さの部屋には長机が三脚。二つはくっつけて中央に置かれ、周りにはパイプ椅子が並んでいる。残りの一つは窓際に置かれ、型落ちのブラウン管モニターのパソコンと新型らしい薄型モニターとタワーのパソコンが乗せられていた。
その新しい方の前に座っていた男が椅子を回転させてこちらに向き直った。
小柄な体格で、隣に尊臣がいるせいか余計に小さく感じられる。黒縁の太い眼鏡をかけて迷惑そうな表情で部屋に入ってきた二人を見つめていた。



来たんだね





悪いな。なかなか目立たん奴じゃと探しにくうてのお





勝手なことを言うよ


男は眼鏡越しに二人を睨みつけるが、尊臣の視線に恐怖を感じたのかすぐに視線を逸らした。



ここは何の教室だ?





ここは情報部の部室だよ。部員はずっと僕一人だけだけどね





ってことは先輩?





そんなんはどうでもええ


いやどうでもよくないだろ、と大翔は先輩らしい眼鏡の男に見えないように尊臣の腕を叩く。尊臣はというと少しも痛くないどころか気付いていないようで、何の反応も示さなかった。



それで、後ろの君は取り巻きかい? それとも君もこの男の被害者かな?





被害者?





この男がね。あろうことか昨日夢で会っただろう、なんて言うのさ


嫌そうな口ぶりをしながらも追い出す勇気は出ないらしく、男は視線をパイプ椅子にやった。座ってもいいということらしい。大翔はその合図を受けて意味もなく忍び足で部屋の奥へと進んだ。



まだあの夢の中にいた人がいたのか





君もそんなことを言っているのか





ええから聞けや、千源寺


低く唸るように零した尊臣の言葉に千源寺と呼ばれた男はズレた眼鏡を治しながらむすりと腕を組んだ。



でも千源寺さん





面倒だろう。光で構わない





光さん、俺も見たんです。昨日夢で会った橋下が実際ここにいて、昨日死んでた男がニュースで死んだって





他人の空似だろう? 僕はきちんと見ていないけど、あの高いところから見下ろしただけ、それも辺りは暗かった。それじゃちょっと説得力に欠ける





じゃあ、これなら信じてもらえますか? 今朝起きたらついていたんです


大翔は尊臣にしたのと同じように制服をはだけさせて肩についた傷跡を見せた。浅い傷だが、数時間で治るものではない。赤い線のような傷は日常生活で簡単につく代物ではない。それこそ野生動物やそれに似たものに襲われない限りは。



ワシかて最初は夢見が悪いだけと思うとったわ。じゃが今朝のニュースの件。それから探してみたら見つかった自分ら二人。それで神代の傷じゃ。放ってはおけんわな





寝相が悪くて、という傷でもなさそうだね


大翔の傷を見た光は驚いた様子はなく、むしろ何かを確信したように二度頷く。



これを見てもらえるかな?


光は目の前にあるモニターを指差す。大翔が覗き込むとどうやらネット掲示板のようだった。学校のパソコンにはセキュリティソフトでこういったサイトは見られないようになっているはずなのだが、光にはそんなものはないに等しいらしい。



これ、俺たちが見た夢の話をしてる





今朝、そこの橋下の話を聞いて少し調べてみたんだ。僕ら以外にも同じような夢を経験している人間がいる。モール以外にも別の場所があって同じように怪物が出ていたらしい


掲示板には経験談や目撃情報。さらに不審死を伝えるニュースの映像を切り取った画像が貼られている。



なんじゃ、ちゃんと調べとるんけ





僕だって死にたくはないからね





でもこれってオカルト掲示板ですよね?


ブラウザの上部を指差して大翔は光に聞いてみる。ネット掲示板など大翔はゲームで困った時に少し覗いてみるくらいのものだが、それでもある程度はわかっているつもりだ。巨大な掲示板サイトでは様々なジャンルで分類分けががされていて、その話題にあったページでないと掲示板から削除されてしまう。



そりゃそうさ。夢の中で死んだ人間が現実世界でも死ぬなんて、オカルト以外の何物でもないさ





でも





神代。オカルトっちゅうのは何も嘘とは言うとらん。まだ科学的に解明されていない現象っちゅうだけじゃ。バカにはされとらんじゃろ


机の上に足を置いて早くも自分の根城のようにリラックスしていた尊臣が言葉を投げる。なんてその風貌に似合わないことを言っているのか、と大翔は思ったが、まだ少し痛みの残る頭を思い出して、口をつぐんだ。



それで反応はどうなんです?





端的に言えば、偶然、デジャヴ、嘘。あまり信じられていないようだね





そんな……





ただ報告数はかなり多い。もう専用のスレッドも立っている。君たちの言うことは本当か、今流行している噂話、といったところだね


そんなものでしかないのか、と大翔は肩を落とした。自分自身もまだ半信半疑だが、少しでも仲間がいればそれだけ多くの人の安全が確保できるかもしれないというのに。



そんで自分はどっちじゃと思う?


やりとりには入らず遠巻きから見ていた尊臣が口を挟む。



どちらとも、と思っていたんだけど、この傷はかなり信憑性があるね。嘘の理由付けにしては傷が大きすぎる





そんだけあれば十分じゃな





何が?


尊臣は椅子から立ち上がり、二人の背中に立つ。それだけで尊臣の持つ威圧感に二人は圧倒されてしまう。これが思い切り消火器で殴っても少し時間が稼げるだけなのだから、あの怪物がいかに規格外かわかるというものだ。



ワシら三人で手を組む





助け合うってこと?





そうじゃ、あの怪物、名前なんじゃ?


尊臣が光の方を向いて尋ねる。



さぁね。ネットでは『カベサーダ』と呼ばれているようだけど





ほんじゃそのカベサーダ。倒すのは無理みたいじゃが、不意打ちならひるませるくらいは出来る。三人集まって互いに守れば早々は死にゃせんじゃろ


嬉しそうに頷く尊臣を見上げた二人は、この男に助けがいるのだろうかと悩んでしまう。どちらかと言えば大翔は尊臣に助けられる側になりそうだ。事実昨日も諦めかけていたところを一度救われている。
