案内されたのは、アークが寝泊まりしている場所だった。
案内されたのは、アークが寝泊まりしている場所だった。
なぜか、複数の時計が壁に下げられている。入口にも時計があって、そのどれもが時を止めていた。通称・時計工房……住人たちは、そう呼んでいる……らしい。住んでいるアークによれば、誰かが勝手につけた名前なのだとか。
物知りな彼は住人から頼られていた。だから、人を招くことが多いのだという。
部屋の中は綺麗に整頓されていた。
テーブルの上には飲みかけのお茶があった。
それはラシェルが飲んでいたものらしい。
ラシェルはコップの前に座ると、残りを一気に飲み干している。
行儀の悪さを指摘しようとして、やめた。
今はその話をしている時ではない。



私はこの館の主ではありません……ですから、これから話す事は私の予想の範囲でしかありませんが、それで良いですか?





ああ





これは、気づいていますね? この屋敷には【一度入れば外に出ることが出来ない】魔法がかけられています


オレは頷いた。
開いたはずの扉が消えていた。閉じ込められたことを理解した。



だが、【絶対に脱出不可能】とは思えない


魔法によるものなら尚更、その魔法を解けば良いのだから。
それは、実力行使でも可能な気がする。



正解です。ですが、力任せにはやらないでください。他にも外に出る方法はありますから





……実力行使以外に、魔法を破る方法がある、ということか





実力行使で魔法を破るのは最終手段だと思ってください





そうか……





これを七つ集めた者は館の主と謁見することができます。そこで主に願えば、外に出られるかもしれません


差し出されたのは手のひらサイズの青く輝くガラス玉だった。特に神聖な気配も、邪悪な気配も感じない。玩具のようにも見える。



こんな玩具のようなものを? バカにしているのか





あ……これはレプリカです。ちょっとした悪戯心で作ったものですよ





悪戯って……


イタズラっぽく笑う大人に眉根を寄せる。



まぁ、お気になさらずに





出られるかもしれない……ってことは………出られない可能性もあるのか?





はい、その通りです。そこは館の主次第ですからね。願いを聞き入れるかどうかは知りません





それで、その玉を集める方法は?





奉仕ギルドがありますので、そこで奉仕活動を行って頂ければ報酬として渡されますよ





うーん……奉仕活動って?


ラシェルが首を傾げる。



世の為、人の為に身を削る活動だ





ほえ? 私、これ持っているけど奉仕作業なんてやってないよ





持っている?





うん、階段を降りている時にね。お守りにしなよ~って貰ったの





そうか





外に出る為にはキラキラ取られちゃうの? ヤダな。


残念そうに俯く。
そういば、ラシェルはキラキラ光るものには目がない性格だった。きっと、宝物コレクションにでも加えようとか考えていたのだろう。



(先ほど、説明したはずですが……やっぱり聞いていなかったのですね)


アークがそんなことを呟いた気がする。



御守りなら、持っていればいい。それがあると安心するのだろ?





うん。でも、必要になったら教えてね


そう微笑んで、水晶玉を御守り袋にしまうラシェル。
彼女にあれを渡したという人物も気になるが今はいい。



先ほどの話で出て来たルールとは?





この屋敷で生きる為のルールですよ。特別なことは何もないです





自分以外の個人情報を無理に聞き出さない





どういうことだ





自分が何者かを他人に告げることは問題ありません。相手が何者かを無理矢理聞き出すことは禁止です。知られたく何かを抱えている者も少なくはないでしょう


他人に興味はないので心配はいらないだろう。



知られたくない何か……か





デュークさんにも、ありますよね





なぜ、そう思うのだ





生きているのならば、心に秘密の一つや二つは抱え込んでいるはずです


アークの胡散臭い笑みが気に入らない。



今のアークの質問はルール違反では





ありません。聞くことは問題ありません。無理に聞いて答えた。本人が話したい、又は話しても良いと思った内容ならば問題ありません





不本意な状況で答えた場合。本当は話したくなかった内容の場合は





ルール違反となります


もしも、ここでオレが話せばアークはルール違反と見なされる。ことは、ないだろう。
アークに知られても困らないし、話したくない内容でもない。それは白猫に対しても同じだ。オレについての情報は知られても問題はない。
話す必要がなかったから彼には告げなかっただけのこと。



自分以外の誰かの情報を他者に与えないこと





他人に関する情報を、別の誰かに与えてはいけません





おれは在る人物に、【ラシェル】が【うるさい子供】という情報は与えてしまった。ルール違反になるのか?





それがラシェルにとって【知られたくない情報】ならばルール違反です。ですが、うるさい子供、というだけではルール違反にはならないと思いますよ。こうして生きているのが証拠です





そうか……ルール違反になれば死ぬのか





はい





そして、





自分以外を殺してはいけない





ここは殺人禁止です。ただし罵ることは良いですよ。それと、死体を踏みにじることも咎められません





だから、連中は彼らが勇者を殺すのを待っていたのか





はい………勇者を殺めた彼らはルール違反により………その罰を受けて静かに息を引き取りました。死ねば、その姿は本来の姿に戻ります





本来の姿が、あの魔物





はい、あんなに小さな魔物だったのです


殺された勇者、勇者を殺した彼らはその命を散らした。
だけど彼らが殺した勇者を踏みつけた魔物たちは咎められない。
不気味な話だと思う。
気になることがあったので、視線を向ける。



自分以外は殺してはいけない。だけど自分を殺すことは問題ないか





はい、自殺されては、罰を与えようにも出来ませんからね


確かにその通りだ。



…………自殺した連中もいるってことか





はい。ここを生きる場所に選ぶか、死に場所にするかは、個人の判断ですからね。自殺者を止めるつもりはありません


生きる場所にするには窮屈そうに思える。
だけど、死に場所にするには………丁度良い。
“ラシェルがいなかったら……オレはここを死に場所に選んだかもしれない”
そんなことを考えてしまったことに気付き、頭をふる。
どうして、そんなことを考えてしまうのだろう。
ここにいると気持ちが暗くなっていく。そんな気がしてならない。
