馬から降りたフィレイグを狙い、一足に間を詰めた手練れは、物言わず剣を唸らした。胸の急所の寸前で受け流したフィレイグ。父であるフィガロとの訓練がなければ、護衛兵達と同様に勝負はついていただろう。
馬から降りたフィレイグを狙い、一足に間を詰めた手練れは、物言わず剣を唸らした。胸の急所の寸前で受け流したフィレイグ。父であるフィガロとの訓練がなければ、護衛兵達と同様に勝負はついていただろう。



速いっ!


父・フィガロの剣を受けてきたフィレイグにとっては、経験済と言える剣速だった。だが、訓練と命を狙われる実践では、その迫力に違いがあるのは明白だ。



ッッシュ!!





くっ!


ひと際大きな火花を散らした一撃は、フィレイグをほんの僅かだがよろけさせた。多人数との戦闘を二度繰り返した後の、息をつかせぬ決闘。それはフィレイグの戦闘力を目に見えて落としていた。



シャーッ!


隙を見逃さず、手練れの攻撃は激化した。



く、卑劣な!?


手練れが使用したのは煙玉。しかも目くらましになるだけでなく、喉の奥に刺激を与える薬物が入った代物だった。



うぐっ!!


次の瞬間には逆方向からの連撃が繰り出されていた。フィレイグは、第六感としか表現出来ぬ感覚で致命傷を避けた。だが、右肩と右広背筋付近から、無視出来ぬ出血を感じる。妹のフィリオーネからプレゼントに貰った髪留めの青いリボンも、空に舞っていた。



……スゥーーー……





ゴ、ゴホッ……


薬物入りの煙玉は、フィレイグの喉に深手を与えていた。
煙の中で、鮮血の花が散った。
――致命傷。助からぬ傷。それを察知した手練れは、初めてその瞳に色を宿した。



ふふふ……。終わりだ。


そう口にして大地に引き込まれるように倒れた。



なぜ、だ……ゴフ





私が煙に囲まれていれば、
貴様も私が見えぬはず。





…………





煙の中でそれらしい咳をすれば
察知しそこを攻撃するはず。
しかも幾ばくかの気配を
感じた直後の咳。
その軌道を読むのは容易だ。





ゴホッ、ググ。





そして最大の理由は……


フィレイグは遠くの空を見通して言った。



昔から私は、
偉大な父上の容赦ない
手ほどきを受けていた。
それだけだ。


王族の血脈を、人が言う高潔さを否定する言葉。生まれ持ってのものなどではなく、生きてきたその過程をもって今がある。当然の事だが、高貴な身分の者に対する一般人の偏見をよく知る一言だ。



兄様!
酷い怪我です。





フィリ、オーネ……。
無用な、心労を……。
惰弱な兄を許しておくれ。





兄様がお強い事は
存じ上げております。


笑顔を取り戻したフィリオーネは、傷だらけの兄の身体をそっと支えた。



失われた命に、
永遠の安らぎと
神の加護を。


レスティオーネは、命を落とした者に対し、粛々と祈りを捧げていた。両の膝を地につけ、ぎゅっと組まれた両手まで、頭を垂れている。その姿は、人間の最も崇高な内面が現れているようだ。
しかも、味方の護衛兵だけでなく、自分達を狙ってきた手練れにまで、その祈りは捧げられていた。



皆、忠実な騎士だった。





彼等も覚悟の上です。
お気を落としのないよう。





…………





まだ、この馬車周辺に
誰にも接近されていないか?





誰もいません。





ならば、馬車をっ!!





私以外はな。


護衛兵の剣が、フィレイグの肉と骨を切り裂いていた。
裏切りの不意の一撃に、気付いたのは切られる直前。満身創痍の身体では、身を捻る事が精一杯だった。フィレイグの左腕は、見るも無残に、繋がっている部分の方が少なかった。



兄様っ!!
腕が!! 腕が!!
ああああああぁぁ!





うるさいぞ、小娘が。


不気味なまでの笑み。護衛兵だったこの裏切り者は、フィリオーネに凄まじい平手打ちをくらわせ、饒舌に語り出した。



誰もいないから、
お前らを始末するのに
調度良いのだ。
今のお前なら
赤子の手を捻るより簡単に、
始末出来るぞ。
そしてお前の父である詠弦公も、
そろそろ始末されている頃だ。





…………





気高き心に惹かれ
気高き獅子が起つ。





はぁ?
あまりの激痛に
頭がおかしくなったか?


そう吐き捨て、血で真っ赤に染まった剣を振り上げる護衛兵。フィレイグは、護衛兵と会話をしている風ではない。
容赦なく振り下ろされた剣は、再度、血を招いた。馬車から離れた所まで飛ばされていたフィリオーネは、ようやく片目を開き状況を認識する。



母上っ!!


息子に振り下ろされた剣を受け止めたのは、母・レスティオーネだった。胸の中心に大きく深い切り傷が刻まれ、押し止めようのない血液が飛び散っている。



邪魔をするな!


もう倒れるしかないレスティオーネを、足の裏側で押すように蹴りつける護衛兵。馬車の中に飛ばされたレスティオーネは、そのまま動かなくなった。



ううぅぅぁ……





酷い、酷すぎます。


つい先刻、仮にも守られた形になった者に対してこの仕打ち。裏切る予定だったにしろ、フィリオーネの言葉は決して言い過ぎではない。



安心しろ。
すぐに家族全員地獄に
送ってやる。


勝ち誇った笑顔で、もう一度、剣を空に向かわせた。



フィリオーネ。
白星(ハクセイ)に身を任せるのだ。
ディープスに戻ってはならない。


剣を左肩に深々と受けながらも、そう伝えるフィレイグ。そして吐血した口で、愛馬に口笛を鳴らした。



何をしようってんだ!
大人しく死ね!





はあぁっ!!
フィリオーネだけでも
守ってみせる!





チッ! 死にぞこないが!
無駄な抵抗を。


フィレイグは護衛兵に体当たりをして、フィリオーネだけでも守ろうと抵抗する。護衛兵が振りほどこうとするが、執念とも言えるフィレイグの右手の力がそうさせなかった。



フィリオーネ!
自分の境遇を呪うような
人生は生きるな!
兄を思うなら、
笑って生き抜いてみせるのだ!


護衛兵を押し込むように、馬車に雪崩れ込むフィレイグ。左肩に刺さった剣を引き抜き、馬の尻に切りつける。狂った様に走り出した馬は、馬車を猛スピードで走らせた。
レスティオーネの息は止まっていた。自身の出血も限界まできている。遠く小さくなっていく妹に微笑んでみせようとしたが、上手く笑えてたかも、もう分からない。護衛兵が身体の下で何かわめき散らしているが、もう何も聞こえなかった。崖路を猛スピードで走る馬車。荷台の雨風を凌ぐ布地が吹き飛んでいく。深い崖が脳に焼き付いた刹那、迷いなく千切れかけた左腕を車輪に巻き込ませた。衝撃と共に浮遊感だけが残り、父の顔を思い出していた。



はぁあ、はぁあ、はあっ……


フィリオーネは、兄を乗せた馬車が崖下の闇にのまれるのを見届けた。幼い少女には過酷すぎる状況。何も考えられなくなったフィリオーネは、立ち尽くすしかなかった。

いつもコメントありがとうございます。
この話は、15年前の過去話なので、一旦終着となります。今後の公開予定は、土曜日の夜にキチッとお伝えできるように準備してますので、閉鎖寸前ですが、確認してやって下さい。
comicoはスマホに入ってるので見たんですが、ストリエとわりとそっくりなカタチに出来るんですね(汗)
まあ、素材は随分と制限されるようですが…パク…いや、なんでもない
ラビrabiさんいつもありがとうございます。
そうですね。似たようなもので、雰囲気は違いますね。裏を返せば、一枚のイラスト・挿絵が映えるとも言えます。なるべくイラスト貼れるようにするので、これからも御愛読願います。