馬車から降り、今日の仕事場へと向かう。例の公爵様だ。朝から晩まで相手をして欲しいそうで。おめでたい奴らだ……殺してしまいたい。
ボロ小屋まで行き着くと、公爵が外で待っていた。珍しい。お出迎えってか?笑わせるな。もう何をされたって笑えないが。



タナイスト、お前、最近どうした…?





………なにが





何かあったのか?前と打って変わって…なんつーか…いろいろ酷いぞ





………ほっとけ





嫌味にもなんか勢いねえしさ…貴族さんと何かあったのか?





死ね





う…マジトーンじゃねえか…俺でよきゃ相談乗るぜ?





じゃあ話しかけるな。まだ着かないの?





ああ…いや、もうすぐそこーー





ここでいい。降ろせ





……おう…





……帰り、いらないから





は…?で、でも…





いらない





…………わかった


馬車から降り、今日の仕事場へと向かう。例の公爵様だ。朝から晩まで相手をして欲しいそうで。おめでたい奴らだ……殺してしまいたい。
ボロ小屋まで行き着くと、公爵が外で待っていた。珍しい。お出迎えってか?笑わせるな。もう何をされたって笑えないが。



待っていたよ、シルフ。さあ、中へ入ってくれ





……………


俺は挨拶もせずに小屋へと足を踏み入れる。そんな俺の様子には気を止めず、公爵も続いて中に入った。鍵を閉めるや否や、覆いかぶさるようにして俺に抱きついてきた……気持ち悪い。



シルフ…実は、今日は夜の相手以外に…話というか、提案があってだな…





何です?


公爵の抱擁をやんわりと振り払い、俺はそばにあった椅子に腰掛けた。相手から手を出されるまでは、こうしているのが俺達の掟だ。決して、その気があるように見せてはいけない。変な勘違いをさせて、殺された娼婦達を何人も見てきた。それを防ぐためだ。



どうやら…私は本当に君のことが好きらしくてな…





そうですか。ありがとうございます。これからもご贔屓に





いや、違くて…


公爵は椅子に座る俺に目線を合わせ、触れるだけのキスをした…どういうつもりだ?いつもなら獣のように襲ってくるのに…。



君を…身請けしようと思う





…………は?


公爵の言葉に、思わず素で返してしまう。身請け…だって?



金ならいくらでも出せる。君のためならね?狭苦しい娼館に閉じ込められている君を想像したら…いてもたってもいられなくなってね


身請け……それには二つの意味がある。本当に愛された娼婦が、男に買われていって、自由と幸せを手に入れるパターン。もう一つは、一生主人の慰めとして生きることを強要されるパターン。残念ながら、男娼の場合は漏れずに後者だ。男を本気で愛する男なんて、いるはずがないだろう?



君を自由にしてあげたいんだ…私のもとに来れば、何不自由なく暮らせるよ?金にも、食事にも、娯楽にも…恋人が嫌だというのなら、私の息子として引き取るというのはどうだろう?君は磨けばものすごい逸材になるはずだ…実は、私は魔力研究者の端くれだったもんでね。君から感じる魔力は相当なものだ。きっと、王国騎士にも匹敵するほどの力を持っている…そうだ、それがいい。いっその事王国騎士を目指してみないか?君ならきっとーー





…………るな





……は……ふぐお!?


気がつくと、俺は公爵の顔面を殴り飛ばしていた。骨が折れたような気がする…。



な、何を…!?





ふざけるな…ふざけるな!!





お、落ち着いてくれシルフ!!安心してくれ、私がずっと側に…





そんなの、そんな気遣いなんていらない…!恋人が嫌なら息子で?意味がわからない!!そんなの、何だって嫌に決まってるだろう!





し、シルフ…





………帰る





ちょ、ちょっと待ってくれ…!





顔面ぶん殴ったやつを犯したいか?気休め程度にはなるかもな!


鍵を開け、乱暴にドアを開ける…公爵が何事か叫んだが、それを聞く前に俺は走り出した……何をしているんだ…これじゃあ、稼ぎが0だ…金貨1枚でも貰っておくんだった…。



あの公爵だって、根っからの悪人じゃなかったかもしれない…殴ることなんてなかったんじゃないか…?本当に……なに、やってんだ…俺……


どんな経路を辿って帰ってきたのかは覚えていない。でも、気がつくと体中細かい擦り傷だらけで、両膝は擦りむいていた。体中土に塗れ、ひどい有様だった…。



………また、怒られるかな…?


重い足取りで入口に向かう…と、なにやら中が騒がしい。控えめにドアを開け、中を確認するようにのぞき込んだ…するとそこには、本来いるはずのない人物がいた。



だから、今日タナイストは…





待ちますよ。そのために、今日はここに来たんですから





……はぁ……あのねえ、ここはそもそもお前みたいなお子様が来るところじゃないんだ。わかるだろう?





それなら、シルフのような子どもが働く場所でもないはずですが





あいつは……ちっ…めんどくせえガキだな……





………アルマ……?


受付の男性と対峙するように、アルマがそこにいた。あいつ…何しに来たんだ……?
しばらくそのままでいると、受付の男が俺に気づいたようだ。一瞬渋い顔をして、引っ込んでろ、と訴えかけてくる。が、その瞬間をアルマは決して見逃さなかった。



あっ…!





!シルフ!!


待ち合わせをしていたあの時のように、アルマがこちらに駆け寄ってくる……だめだ。



来るな!!





えっ…?


俺は開きかけていたドアを完全に閉め、娼館に背を向けて走り出した。



待って!!待ってよシルフ!!


すかさずアルマが追いかけてくる…その距離はどんどんと縮まり、俺はすぐにアルマに捕まってしまった。



待ってシルフ…って、どうしたの?ひどい怪我…!





見るな…





……あそこ、救急用具くらいあるよね?手当しなきゃ…





見るなって言ってるんだ!!


アルマの手を振りほどき、その場にうずくまる…この姿を見られたくなくて、少しでも、見られる場所を少なくしたくて…。



……シルフ





見るな…見るなよ……汚いから……見るな……





…………





何しに来た…?あいつの言う通り、お前みたいなのが、来るところじゃねえ……お前は、来ちゃいけない場所なんだ……わかるだろう?





……そうだね。教育には良くないかも





そういう問題じゃ…!





君も、あんなところにいちゃいけない





いるしかないんだ…!俺は…俺は……売られた子どもだから…





………ごめんね。君から連絡が来なくなってから、いろいろ調べたんだ…君、ここの花形なんだって?





………





一番美しいのに、一番格安でサービスをする男娼がいる…君のことだね?





……………





……シルフ、顔を上げて





嫌だ





お願い





嫌だ





………ちょっと痛いよ?





は…?


俺が返した時にはもう、俺は宙を舞っていた。脇腹が軋む音がする…そこで、俺はアルマに殴られたのだと、初めて気づいた。



づっ……あぁ……!!





この大バカもの!!どうしてそんなに自分を卑下するんだ!





卑下……って……


俺は咳き込みながら跪き、アルマと対峙した。すごく怒っている…でも…



……わからないだろうな





何だって?





わからないだろうって言ったんだ!温室育ちで教養もあって、親にも環境にも恵まれたお前には!!俺のような、必要価値さえ見いだせない、生きているのかもわからない下賎で汚れた魔族の気持ちなんか!!





わからないよ





……開き直ってんじゃ、ねえよ……





わからない。だから、僕はこんな方法でしか、君をここから連れ出すことは出来ない


跪く俺に、アルマが手を差しのべる。色白で、でも、ところどころ擦り切れている…努力家の手だ。そして、たしかにその手には、血が通っている…。



僕の騎士になって欲しい。そのために…僕に買われてくれ


