時は少し遡り、カレン・マルヴェンスが管理教会の魔法使い、テネスとルクスの前から撤退したその日。
魔法使い同士の激しい戦闘の場に居合わせた天道洸汰は、協会の魔法使いたちが設営した簡易拠点の、白と黒の少女がいる天幕につれてこられた。
時は少し遡り、カレン・マルヴェンスが管理教会の魔法使い、テネスとルクスの前から撤退したその日。
魔法使い同士の激しい戦闘の場に居合わせた天道洸汰は、協会の魔法使いたちが設営した簡易拠点の、白と黒の少女がいる天幕につれてこられた。



さて……コータ・テンドー……
貴様は図らずもあのレネゲイド――カレン・マルヴェンスの協力者として魔法に関わってしまった……
本来なら、貴様の記憶を消して魔法とはかかわりの無い一般の生活に戻ってもらうハズなんだがな……





あなたは私たちの知らない彼女を知っています……
それはきっと……彼女を止める手立てになります
ですが、その前に……
彼女の真実をお伝えしなければなりません……
でないと、あなたは親しい彼女に同情して我々にきちんとした情報を提供できないかもしれないですから……


部下が入れた紅茶を一口口に含んで、ルクスが続ける。



その後どうするかはあなた次第です……
すべてを話した後、魔法に関するすべての記憶を失って何事も無かった日常へ戻るか……





あるいは、このまま魔法と関わり、魔法使いとして生きていくか……
まぁ、私としては全て忘れたほうが身のためだとは思うがな……


くつくつと笑うテネスを、ルクスは軽くため息をつきながらにらんで黙らせ、洸汰にお茶を飲むように薦める。



もし……
もし俺が……すべてを聴いた上で……
それでも彼女の味方をするといったら?





そのときはしかたありません……
あなたも彼女も排除するのみです……





……………………っ


目の前の白い少女がまとう雰囲気が、ざわりと音を立てて変わったことに気付いた洸汰は、思わず息を呑む。



…………
わかった……
話してください……





聞き分けの良い子は好きですよ





やっぱり……
お前のほうがよほど『黒』が似合うよ


まるで幼い子供をあやす母親のような微笑を浮かべながら洸汰の頭を撫でるルクスを見て、テネスは毎度のごとく思うのだった。



…………痛っ!


日本に来る前に叔母からもらった特製の傷薬を塗りながら、カレンは思わず顔をしかめた。



こっぴどくやられたもんだニャ……





うるさい


服を捲りあげ、晒された白い肌に刻まれた無残な傷跡へぺたぺたと軟膏を塗りながら、カレンは使い魔の皮肉をぴしゃりと黙らせる。



あそこで彼に邪魔されなければ、あの二人が合体するのを防げたし勝てたのに……


悔しげに顔を歪めながら少女が思い出すのは、魔法管理協会の敵である黒と白の魔法使いが超合一魔法――というか合体を妨害しようと飛び出したときのこと。
あの瞬間に、魔法を使えない少年の洸汰が自分の前に飛び出してきた。
その結果――もちろん本人にはその意思はなかったのだろうが――魔法管理局の双子の魔法使いたちは超合一魔法を発動させてしまった。
二人だった時ならば勝機が見えていた戦いも、超合一魔法というある種チート級の魔法を使った彼女たちを前に完全に不利に陥り、結局撤退する羽目になってしまったのだから、カレンが苛立ちまぎれに舌打ちをするのもやむなしというものだ。



まぁ逆に考えれば、あの二人相手に余計ニャ魔力を使わずに済んだとも考えられるニャ……
召喚に必要ニャ魔力分以上を奴らから奪ったとはいえ、やっぱり必要以上に魔力を使うこともニャいニャ……
だからそういう意味ではあの小僧が邪魔をして助かったとも言えるニャ……


カレンが珍しいものを見たかのように使い魔を見つめる目を見開かせた。



あなたが彼を擁護するだなんて……
てっきり私は彼を嫌ってると思ったのに……





人を冷血猫みたいにいわニャいでほしいニャ……
それに別に嫌ってたわけではニャいニャ
あいつがカレンの目の前をちょろちょろすればカレンの計画の邪魔にニャる……
そう思ったからこそ、あいつを魔法から遠ざけようとしてただけだニャ……





ふ~ん……


何かを含むような視線で見つめてくるご主人様から、つと目を逸らした使い魔は、誤魔化すように強引に話題を変える。



それで?
どのくらいで傷はニャおりそうニャ?





叔母様の傷薬は魔法界でも有名なものよ?
この程度なら数日もあれば完治するわ……
それに多分、あいつらもすぐには動けないと思うから、襲撃の心配もなし……
治療に専念するわ……


こくり、と同意するように頷いて、クロエはカレンの膝の上に飛び乗った。



…………
以上が私たちが彼女を裏切りもの――レネゲイドと呼び、追う理由です


白い少女のルクスから聞かされた話に、洸汰は思わず絶句していた。
そこで語られた事件すべてが、彼の知るカレン・マルヴェンスの印象とまったくといって良いほどに違ったからである。



俺の知ってる彼女はそんなんじゃなかった……
優しくて、ちょっと天然で……
でも一生懸命何かと戦ってて……
俺を守ってくれたこともあったし……
一緒に行動してても、あなたたちが話したような彼女とは結びつかないくらい……
魔法使いとかそんなの関係ない……
どこにでもいる普通の女の子だった……





認めるのは業腹だが……
それだけ奴の迷彩が優れていた、ということなのだろう……





それで?
あの子の真実を知って、あなたはどうするつもりですか?





俺は……
彼女を止めます……
たとえ彼女と戦うことになっても……必ず……
彼女の……カレンさんの魔法協会を許せないという気持ちも分かるけど……
それでも間違っていると思うから……


決意をこめた洸汰の眼に、テネスが問う。



何故そこまでする、コータ・テンドー?
本来ならば貴様にはかかわりの無いことだし、家族でも恋人でもない貴様にはそこまでする義理も理由も無いだろう?





その決意の源は何だ?
友愛か?
それとも恋慕か?





正直、俺にもわかりません……
彼女を好きかどうかも分からないし……
でも……少なくとも俺は彼女の友達だから……
友達が間違いを犯したら……それを殴ってでも止める……
それが本当の友達だと思うから……





偽善だな……
だが……
そういうのは好きだ……





そうですね……
絶対に彼女を止めましょう!
そのための力は、私たちが貸してあげます


はい、と力強く頷いて、洸汰は夜空を見上げた。
そして数日後。
蘇らせた鬼神を従える魔法使いカレン・マルヴェンスと、彼女と唯一親しくした日本の少年、天道洸汰が対峙した。
