ごうごうと音を立てて、私を包む炎が唸る。その向こうに見えるイフリートは、私を見てニッと笑う。
ごうごうと音を立てて、私を包む炎が唸る。その向こうに見えるイフリートは、私を見てニッと笑う。
ああ・・・駄目だ。私は勝てない。この聖人に私は何もできない。だから、敗北を受け入れて、全身の力を抜いた。
なのに。
彼はそのまま、意地悪い笑みを浮かべたまま、こう言ったのだ。



何を身構えているんだ。俺様はあいつとの再戦を楽しんだだけだ。あんたには何もしないぜ。いや、そもそも出来ない





それは、どういう・・・





おいおい気付いてないとでも思ったのか。知っているさ、あんたの正体も、現実に抱えるその悩みも。だってあんたはプレイヤーで、俺たちはゲームの住人。ましてや今の俺とあんたの間では、情報はだだ漏れだ。だから、今はまだ、何もしないさ





・・・


どこまで知られているんだろう。いや、きっと全部知られているんだ。今の私の立場も、現実での状況も。ましてや私は個人用の機械ではなく、公共の機械からこのゲームにダイブしているんだから。
そっと目を伏せ、顔を逸らす。不覚にも、視線をあの少年が転がっている方へ向けてしまった。
服が焼き切れ、黒く焦げた肌が覗く。その一角に、キラリト光る何かを見つけた。
驚き考え、しかしすぐに答えは出た。



なんだ、私の涙か・・・


その一粒は瞳から溢れ、頬を伝い、口元を通り過ぎて行く。少ししょっぱかった。
やがては、その雫も私から離れ、重力に従って落下を始める。キラキラと光を反射しながら、涙の粒が落ちた先は、あの少年の手の平だった。
ぴちょん、と。水がはねて、そして地面に溶ける。それでも、少年の手はピクリとも動かなかった。
——代わりに、少年の体から、一筋の光が輝く。



何?


私の視線の先で、淡い光はだんだんと輝きを増す。彼の体がふわりと宙に浮いた。
少年の胸から放たれる光は、いっそう輝きを増し、炎の世界を覆いつくす。



これ、は・・・


思わず目をつぶる。それでも私の瞳には神々しく光が注ぎ込む。
体がふわりと優しい何かに包まれる。
直後。
私たちは、世界の理に反し、彼のルールで動き出す。



———————————————


「——————————」
懐かしい声が聞こえる。誰だろう、ずっと私に呼びかけているのは。



—————————————


「————————!」
体を包んでいたものがふわりと消える。同時に訪れる、身を切り裂くような緊迫感。
私は、導かれるようにその目を開く。



視界が炎に包まれた今なら当てられる。ここだ!! くノ一!


少年の叫び声が聞こえる。衣服も、肌も綺麗な、自信満々の少年。何が、起きているのだろう。
戸惑う私に、彼は言った。



分かっているよな? 失敗を無駄にするな。次こそ、決めろよくノ一!!


——ああそうか。そういうことか。理屈なんて分からない。手段だって分からない。
だけど、一つだけ。
彼はまだ生きている。それだけは、確かなんだ。
だったら迷うことはない。私も生きる希望を捨てたりはしない。
だから、その手に力を込めた。



『朱雀の御神酒』。これで終わりよイフリート! あなたが私の何を知っていようと、私はそれでも諦めないわ!!


言って、叫んで、決意して。
私は彼に託されたそれを、思い切り浴びせる。もちろん、彼の背後に向けて。



がっ!? まさか、朱雀の力だと!? やめろ。ぐ、ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?


イフリートの叫びに応じて、辺り炎が一気に彼の元に集まる。
例え日の聖人であろうと、暴走を起こした身にはひとたまりもないようだった。
叫び声が響く。それに重なり、彼の機械から音が鳴った。
ハートカウンターによる、スキル獲得のお知らせ
トリックスキル
『サクリファイス』
自分の大切なものをランダムに一つ犠牲にして、時間を巻き戻してやり直せる。ただし、記憶は引き継がない。



強力だが、できれば使いたくはない、スキルだな


そして、もう一つ。
アルティメットしりとり
自陣のターン
文字は『せ』
その表示を見て、彼は呟く。



悪いな。今回も俺がもらうよ。もう終わらせる。肩の力を抜いてくれ。『世界樹の雫の小瓶』


アルティメットしりとり終了
勝者:ファッレレ陣
同時に、この場にいた王が消え、エリシアとリリア、そしてアスカと魍魎が現れる。



どういうことかな? 二人して聖人を還すなんて。もう勝負は諦めたのか?





煩いぞただの国王の分際で。イフリートが倒れてんだ。少しは黙ってろ





な、何でイフリートがここに? って、は?冗談だろ? 国王が有する聖人の中で最強のイフリートを君が倒したって言うのか!?





だから黙ってろよ、気が散る


その一言でアスカは押し黙る。
て、あれ?



何でサルバーレの二人だけは消えないの?





予想はしていたさ。アルティメットしりとりを使うのは、追加で加わった小国の王。大国の中でも最強のお前たちなら、どうとでも出来るはず。だからここに来たのも、イフリートの意志なんだろ?





ああ、そうだよ。君との決着をつけるためと、それだけの理由で他の王とともに赴いたのだ。まさか、敗北するとは思わなかったがね。白髪の少年とは段違いの強さだな





あんな奴と一緒にするなよ。ほら、これをやる。中には世界樹の雫が入っている。ゲームなんかじゃ定番の回復アイテムだろ? これをやりゃこいつも動けるようになるさ





感謝する。して、君たちはこれからどこに?





さっきの闘いで三人の王からは鍵をくすねたし、エリシアとリリアからは協力を得ている。アスカはおっさんの言うことなら逆らえないだろうから、あとはあんたに力を貸してもらうだけなんだが





もちろん貸すさ。ゲームの勝者なのだから





って訳だアスカ。精霊の塔までの案内と、鍵の方もよろしく頼むよ





ファッレレの王よ。サルバーレの国王として、私からも頼む。この少年の力になってくれ





分かった分かった。あなたからのお願いじゃしょうがない。だからほら、さっさと行くよ





じゃあなおっさん。目が覚めたらイフリートに伝えといてくれ。天才の俺の完全勝利だ! てな





お兄やん待ってー





もちろん私もついて行く


二人の後に続き、私も彼らとともに行く。と、少年が振り返り、私の元に来る。



くノ一、助かったよ。よくやってくれた。そういえば名前を聞いてなかったな。教えてくれ





え? 私は、立鳥明日奈(たちどり あすな)だけど。てか今更だけど時間戻ったよね!?





ああ、そもそも俺の職業は『時の魔術師』だからな。1%の確率で時を戻すってスキルを使ったんだよ。んじゃま。改めて明日奈、今後もよろしくな!


彼はそう言って、右手を差し伸べて来た。



こちらこそ、よろしく


その手を取って握り返した。何だか体から力が抜ける。今まで張りつめていた緊張が、一気に解けた気がした。
目的地は精霊の塔。神様との邂逅。



その時には、私の秘密を話せるかな・・・


小さくなる波の音を聞きながら、私たちは水の王国フレーレを後にする。
