女はまた注射器を僕に近付けて来る。



あのー。そろそろほどいてもらっても良いですか?





え?何言ってんの?スパイのくせに





とりあえず。茶番なのは理解しました。何ですか?テレビですか?あれですか?モニタリングか何かですか?さすがにこっちも怒りますよ





おぉぉ…スパイが怒ったら、ヤベぇんじゃねぇか?





だからスパイでも何でもないですって





…じゃぁ、大丈夫か





そうじゃなくて!いいですか!こっちは勝手に、この場所に連れて来られて、縛られてるんですよ!いくらテレビだからって、こんなの犯罪じゃないですか!それに、何なんですか?人をスパイとかって疑って、こんなゲーム見せられて、何がしたいんですか!





…仮にキミがスパイじゃないとしよう。それで何か変わるの?





えっ?





キミがスパイじゃなかったとして、この状況が何か変わるのかって聞いてるのよ





え、そ、そりゃ、無関係なんだから、解放して欲しいんですけど…





ムリよ。こっちは、キミを気絶させて拘束するくらい本気なの…良くって?





……そんな…無茶苦茶な…





『良くって?』って、花沢さん突然のお嬢様キャラ





あぁ…ありゃドSお嬢だな





はいはーーい。この人の事調べたっすよ





おぉぉ





財布から免許書を拝借して、SNSもあるから、簡単に情報割り出せるもんね~。……いやぁ~怖い!怖い時代になった~もんだ~ね…っと。





財布って!勝手に何をしてんだよ!





へへへ~。勝手にゴメンね。
えーっと。お名前は『佐藤春樹』23歳!
住まいは都内の家賃7万のアパートで一人暮らし、彼女も彼氏もなし。趣味はゲームで、2ヶ月前に学生時代から5年間も勤めていたネットカフェでのバイトを辞めて、次の仕事のアテはなし…っと、ここまでで、別に怪しいところは見当たらないっすね





ちなみに、バイトを辞めた理由は?





…何となく





いえ。ちょっと違うっすね。同期や後輩たちが、次々と就職やら、別の仕事を決めて離脱していく中、取り残されていく感じに耐えられなくなっての退職





あぁぁ…わかるわぁ。俺も居酒屋で気付けば古株扱いだったもんなぁ





ってか!何でそんなの解るんだよ!!





だーかーら!こっちは、すっごい組織なの





何せ、人知れず地球を守ってるんだかんな





…なんなんだよ…





少しは信じてもらえたかな?…って事で―――


女はまた注射器を僕に近付けて来る。



だぁぁぁ!あーー!ちょっ!ちょっ!





往生際が悪い





いやいやいやいや…





はーい。はいはい。そこまで、そこまで


その明るい声は、部屋の入り口から聞こえてきた。



なっ!…だれ?





あれ?聞いてないかな?二階堂ってんだけど





期待のエース!





戦いの天才!





…意外とチャラいわね





いや、チャラいは余計だけど、まぁ…そんなとこ。ちょっと、ここに来る前に、子供を助けてさ。右手…やっちゃったからさ、病院行ってて遅れちゃった。ははは。ゴメンね~


二階堂の右手にはギブスが装着されていた。



え…





まぁまぁ、そんな話は置いといて、とりあえず、花沢クン。良く解ってない薬を使うのはダーメ。それに、話を聞けばコッチの落ち度が明白じゃないの。そーゆーのを無視して強引に進めるのは良くないよ





えっ?





聞いてたんすか?





まぁね。ちょっと前から。…あぁ、カンバヤシくんだっけか。ナイスシューティング!





う、うっす





…いくらでも誤魔化しきくのに…





それでもダーメ





…やっと、まともな会話ができる





そうそう。まともな会話をしよう





はい!





…で、佐藤ちゃんだっけ?今日は何をしてたの?





え?





だーから。今日は何をしてたの?





バイトの面接…の、予定でした





で、コレに捕まったから、面接も間に合わないって感じかな





…まぁ、そうなります





ホントに?





いえ…まぁ、行きたくなかったので…丁度良かったって感じです





だよね。うんうん。正直、正直…でも、何となく仕事辞めるのは良くないかなぁ。辞めたら変われる!なんてのは幻想だし、変われる機会なんて、受身じゃ来ないからね。ははは。…って事で、ちーーーーっとも正直でないお前!





な、なによ





こっちの落ち度は認めとこう





…うっ





その上で、どう責任取る?





………





ちょ、ちょ、エース!!じゃなく、二階堂さん!待ってください





ん?ミナミ君。どうしたのかな?





いや…その…なんて言うか、勘違いしただけなので、ここは穏便にして頂きたいかな~って。その、花沢さんって、根は良い人なんです!真面目って言うか…ぶっ飛んでるとこもあるけど…その、何て言うかアホなくらい真面目なだけなんです!…どうか!





僕からもお願いします!花沢さんって、純粋なアホなだけなんですよ





あーまぁ…同じく、頼んます





何か、悪口がチクチク来るけど…みんな………ありがと





ふーん…なるほどね…で、どうすんの?





…わかったわよ。謝る!謝ります!謝らせて頂きます





それだけ?





はい?





新しい仕事を紹介してあげたら?





はい?





だって、佐藤ちゃんって、インベーダーの事を知ってるし、即戦力なんじゃないの?





…うっ、でも…まだ…





人間だよ。どう考えても人間。みんなもそう思うだろ





まぁ…ヤツらなら、そんな拘束など解くに決まってるわ





一度も見た事ないけどな





無ぇのかよっ!





って事で!即戦力として受け入れてやんなよ。佐藤ちゃん。キミもそれでいいだろ





えっと…


突然の申し入れに対して考えようとした時に、再びあのサイレンが鳴った。
