辿り着いた職場の前で私がコウさんの顔色を窺うと、コウさんは私の職場のビルをじっと見たきり私の言葉など聞こえていない様子だった。



一応到着したんですけど……どうするんです? 中まで来るんですか?


辿り着いた職場の前で私がコウさんの顔色を窺うと、コウさんは私の職場のビルをじっと見たきり私の言葉など聞こえていない様子だった。



あのー……





あ、ああ、何だ


改めて声を掛けると、今初めて気が付いたという顔をするコウさん。そんなに変わった職場かな? 普通の会社だと思うんだけど……。



とりあえず。ここが私の働く幽信社です! 私は今から編集長に今までの事とか報告してきますけど、コウさんはどうなさるんですか?





んー、報告って時間かかるか?





えっ? 多分それ自体はかかりませんけど……でも、記事を書いたりしますし……





……手伝わせてくれよ。だからさ、ここじゃない所で書かないか?





ええっ? コウさんが?


また新たな申し出に、私は混乱する。親切? 何これ。
いくらなんでもそこまでしてもらうのは悪いなー、と思う上、むしろ少し気味すら悪くなってきたので私はそれを丁重に断ることにした。



申し出はありがたいですけど、初めての記事は一人で書きたいんです。……ということで、大丈夫ですよ?


私の言葉を聞いたコウさんは、少し心配そうな顔をして考えるような動作をすると、「そうか」と思いの外さっぱりした返事をした。



そりゃそうか。んじゃあ、頑張れよ? お前馬鹿そうだし





むむっ、本当に失礼ですね! 大丈夫です! ぎゃふんと言わせますよ!





そういうとこがなぁ……





もう大丈夫ですから! 折角のお休み、邪魔してすみませんでした! ご協力ありがとうございました!


少しオーバーめに頭を下げ、私は職場の中に入り、エレベーターに飛び乗る。イケメンでもちょっと気味が悪いのは事実なのだ。



……


エレベーターが閉まる直前、透明なドアの外に困り顔のコウさんが見えた。本当によく分からない人だ。……幽霊庁の人って、皆変わってるとかなのかな。それなら他の人にも取材してみたい、なんてことを思いながら、私は編集長の所へ向かった。



お、お帰り、茅ヶ崎。どうだった?





もー! 取材のアポ取ったーなんて嘘じゃないですか! 大変でしたよ!





え? いやー、電話はしたんだけどよ





向こうの職員の人に「どうせ適当に捲し立てたんだ」とか言われちゃいました!





ま、まぁ、そう言われると、実は向こうの返答は得られてなかったりするなぁ……


「悪かったな」と軽いノリで謝るこの人が『月刊オカルティズム』の編集長、鳥居さん。私の偏見だと、オカルトに携わる人はもっと何かインドアっぽい人なのかな? とか思ってたけれど、この人はそうでもないらしい。少し焼けた肌が印象的なスポーツ系の人だ。



でも、ちゃんと取材はしましたよ! 受けてくれる人がいたんです!





マジか! やるじゃねぇか茅ヶ崎!





民事局除霊課のコウさ……花房さんという方にお話を聞けました!





除霊課か。そこなら割とアクティブだったと思うし、記事にしても華があるだろうな。俺が電話を掛けたのは同じ民事局でも総務課の方だったから、むしろそっちの方が良い記事が出来そうだ


編集長に褒められた私は心の中でコウさんにドヤる。私かなり仕事出来る方なんですよーだ。とはいえ、完全にコウさんのおかげではあるんだけど。
私は編集長と軽く内容について相談した後、さっそくパソコンに向かって記事を書き始める。パソコンは最新ではなく少し古いもののようだったけど、機械に強いという訳でもない私には十分だ。



よっし! 頑張らなきゃ!


カタカタと慣れないパソコンを打ちながら、ふと周りを見渡す。今まであんまり気にしてなかったけど、ここって社員が少ないのかな?
とか考えた直後、私の目の前にいくつかのお菓子がバラッと置かれた。



わ!





ごめん、驚かせちゃったかしら?


そこにいたのは髪を一つに纏めた女の人だった。年は私より少し上くらいに見える。



あのテキトー編集長にも負けず、良いもの持ってきた期待の新人ちゃんね? 私は北野真紀っていうの。あなたの同僚よ





北野さん、ですね! よろしくお願いします!





やめやめ! 同僚って言ったでしょ? 真紀ちゃん、とかの方が良いわ





じゃあ……真紀ちゃん! よろしく!





ふふっ、こちらこそ!


真紀ちゃんはとっても親切で、簡単な操作ですら右往左往する私を何度もフォローしてくれた。隣のパソコンが彼女のものらしく、自分の仕事と並行しながら私を助けてくれる。それだけでももう尊敬の域だ。



悪いな北野、助かるわ


“テキトー編集長”はへらへらと笑いながらこっちに手を振っている。そんな彼の姿に私達は顔を見合わせて笑うのだった。
就職先がここで良かったな、と心からそう思いながら、私はパソコンと戦いながら記事を書き続けた。



充実してたって感じ!


まだ仕事を続けるという真紀ちゃんに別れを告げ、一足先に退社した私はスキップ混じりに帰り道を進んでいた。
今日は自分へのご褒美も兼ねてちょっと高めの美味しい晩ご飯でも買って行こう、と思ってお店を色々見て回っていた時だ。



お疲れさん。どうだ、ヘマはしてないか?





きゃあああ!?


何食わぬ顔で私の隣に立っているコウさんに、思わず声を上げてしまった。
……え? ストーカー?



けっ、警察……





落着け。単に見かけたから声掛けただけだ





嘘ですっ! 絶対危ない人じゃないですか!





だから、お前に興味は無いっての! ……ったく、この辺で明日から仕事があったから、今のうちに下見してだけだっつの。飯の場所とかな


私がじっとコウさんを訝しげな眼で見ていると、コウさんは諦めたように両手を上げると「もういいよ」とうなだれた。



ああそうだよ、お前の事を待ってたよ。どうしても伝えなきゃいけないことがあってな





伝えたいこと? でも、それなら名刺に連絡先が……あっ


そうだ。そういえば名刺を渡していないんだった。でも、そこまでして伝えなきゃいけなかった要件って何だろう。私、何か落としものとかしたかな。コウさんの言葉を待つと、徐に近づいてきたコウさんは私の背中をバンと強く叩いた。



ひゃわっ!?





……三人……一人は昼間のか……





何するんですか!!!





あ? 気付けだよ気付け。ぼーっとした顔してるからな、お前





ぐむむぅ……伝えたいことって、まさかそれじゃないですよね





違うに決まってんだろ。ちょっとした警告だよ





警告?


私が聞き返すと、コウさんは意地の悪そうな笑みを浮かべてわざとらしいタメの後に言った。



お前は幽霊ってもんを欠片も分かってない。このままじゃ、死ぬぞ


