最終話
救急車が病院到着し、篠田が寝ている担架を救急室内に押入れ、救急車に乗り合わせた救命士が、医師に申し送りを始めた。
最終話
救急車が病院到着し、篠田が寝ている担架を救急室内に押入れ、救急車に乗り合わせた救命士が、医師に申し送りを始めた。



篠田紳一さん、45歳。
本日夜10時ごろ、腹痛を訴え救急要請。
バイタルは正常。左上腹部痛あり。痛みは少し落ち着いた様子です。





わかりました。
篠田さん、もう大丈夫ですよ。





う、うぅ・・・。





先生!篠田さんは、





!?





今週は飲酒も多く、ビクトーザも使っているため、急性膵炎かもしれません!!





君は?





篠田さんのかかりつけ薬剤師です!!





通報してくれたのは、彼女です。





なるほど。





じゃぁ、他に使用している薬と既往歴、知っている事をすべて教えてください。





はい、篠田さんはビクトーザに加えて・・・。


春香は篠田さんのに関する事項はすべて暗記しており、これまでの治療の経緯や使用しているその他の薬をすらすらと医師に報告していき、医師はそれを次々と電子カルテに打ち込んでいった。



ありがとう。
君、すごいね。





いえ・・・。
これぐらいは当たり前のことです。





そうか・・・。
じゃぁ、かかりつけ薬剤師の君を見込んで一つ頼みがある。
これからCTに行くんだけど、その間に、家族へ連絡をお願いしてもいいかな?





はいっ!!


春香はカバンから手帳を取り出し、メモをしてあった、篠田の緊急連絡先に電話をし、篠田の妻が電話にでると、ひどく心配した様子であったが、すぐに冷静になって春香の報告を聞いた。
また、現在家族は、仙台に住んでおり、妻はすぐには駆けつけられそうにないという事であった。
再度、状況を報告する事を伝えると、春香は電話を切った。
電話を切って、篠田がCTから帰ってくるまで少し時間があった。
しんと静まり返った待合室で、春香はいろいろ考えていた。



私、先生に間違った事言ってなかったよね。
薬も間違えなく言えたし、病歴も間違ってなかったと思うんだけど・・・。





救急車呼んで良かったよね。
急性膵炎は放っておいたら死亡例もあったはず。
私の判断は間違えてなかったと思うんだけど・・・。





篠田さん、大丈夫かなぁ。
でも、病院来てからは痛みも落ち着いてたみたいだし。
急性膵炎だったら、点滴加療で良くなるもの。
でも、急性膵炎じゃなかったらどうしよう・・・。


夜の病院に一人でいると不安と心配ははどんどん膨らんでいく。
静寂が永遠に続くかと思われたその時、ガラガラと移動式ベットがこちらへ近づいていくる音がした。
篠田がCTから戻ってきたのだ。
春香は急いで、篠田のベットを押す医師に駆け寄った。



先生!どうでしたか?





薬剤師さん・・・。





・・・。





君の予想通りだ。
検査の結果、急性膵炎で間違いない。





これから点滴で治療を行えば、生死に関わる事ではないから、家族には今から無理してくる必要がない事を伝えてくれ。





は、はい。わかりました。





君の迅速な通報と情報提供で、無駄な検査をせずに迅速に診断が下せた。
ありがとう。





え?あっ、はい・・・。


普段褒められ慣れていない春香は、返す言葉に詰まって何も言えなかった。



それと、君ももう帰ってもらって大丈夫だ。





はい・・・。
あっ、ちょっと待ってください。


春香は自分のカバンに入っていた名刺を取り出し、医師に渡した。



何かあったら、ここに電話してください。





ありがとう。


医師はそう言って、また診察室に戻っていった。
春香は、医師の指示通り、篠田の妻に病状に緊急性がない事、そのため今から急いで来る必要がない事を伝えた。
一通り自分のできる仕事を終えた春香は、帰宅するため病院にタクシーを呼び、自宅へ向かった。
そのタクシーの中で、春香はある事を思い出していた。



そういえば、篠田さんが倒れていたあの電話ボックスに気になることが・・・。





あの、本牧公園で降ろしてください。


春香は本牧公園でタクシーから降りると、数時間前に篠田が倒れていた電話ボックスの中に入った。
そこには、消費者金融をはじめ、たくさんの張り紙が貼られている。
その一つ、ピンクの張り紙には見覚えのある電話番号が書かれいていた。



あっ、やっぱり・・・。
この番号、下一桁だけ私の携帯と違うだけだ。


ちらしに記載された電話番号は〜6
春香のPHSは〜8
最後の一桁だけ違う番号であった。



これ、報告しなきゃ。
それと、電話番号を変えてもらおう。


春香はそのチラシを剥がすとカバンに押し込んだ。
翌日
春香はすべてを久美子に報告した。
篠田さんが急性膵炎を発症し救急車で搬送した事、電話ボックスに春香の携帯電話と1桁違いの番号がかかれたチラシが貼ってあった事、そして、電話番号を変えて欲しい事。



春香、今回は大変だったわね。
でも、よく頑張ったじゃない。





えへへ・・・。





しかし、いたずら電話がデリヘルの間違い電話だったとはね。





しかも下一桁だけ違いとか、なかなかないですよね。





名前を名乗ったら電話が切れたのも、電話越しに「はぁはぁ」言ってたのも、このせいね。


春香と久美子は、昨日剥がしてきたデリヘルのチラシをみてそう言った。



それと、篠田さんをちょっとでも疑った事、恥ずかしいです。





私も。反省するわ。





でも、本当に変質者もいるかもしれないから気をつけないとね。





はい。





すみません、朝倉さんって薬剤師さんいらっしゃいますか?





は、はいっ!
私です!!


春香は見た事のない女性に急に声をかけられ驚いたが、すぐにそれが誰だかは容易に想像がついた。



主人が大変ご迷惑をおかけしました。





篠田さんの奥様!?





朝倉さんの迅速な対応のおかげで、病状が軽くて済んだと医師から言われました。
ほんとうにありがとうございます。





わたしは・・・。





わたしは、篠田さんのかかりつけ薬剤師としての仕事をしただけです。





そうですか。
薬剤師さんの事あまり知らなかったのですが、薬剤師さんって素敵なお仕事ですね。





あ、ありがとうございます!





それと、これつまらないものですが。
良かったらみなさんで食べてください。


そう言って、篠田の妻は菓子折りを紙袋から取り出し、春香に手渡した。



ありがとうございます。





また、これからも主人の事をよろしくお願いします。





はいっ!!


篠田の妻はそういうと、春香に深々とおじぎをし、薬局を去っていった。



春香、ちょっとは自信ついたんじゃない?





そうですね。
今回、自分が思っていた以上に貢献できた気がします。
指名もたくさんとれそうな気がしてきました。





春香、これからもどんどん指名とって活躍しちゃってよ。





はいっ、がんばります!!


完
