「おはようございます」



起立、礼。おはようございます。


「おはようございます」
今日も日常が始まる。それはなんでもない日常のようで、それでいて何かが違う空気を伴っているような気がした。
おそらくそれは、もうすぐ夏休みが訪れることへの生徒達の期待の現れなのだろう。
ミンミンミン



今日も蝉、煩いなあ。


夏という季節は、暑いし、蝉はうるさいし、日焼けはするし……嫌なことは挙げればキリがないくらいある。しかもそれらはすぐ終わるどころか何ヶ月もの間続くのだ。
でも、それでも、私は…夏が好き。



だって、青春してるって感じがするもん


ずっと憧れていた青春。
高校生の夏といえば、海に部活に夏祭り。絵に書いたような青春だ。
眩しい日差しの元で走り回って、馬鹿みたいに汗をかいてみたり。ベタついて気持ち悪いと思うのに、その汗はどこかキラキラと輝いているのだ。そんな夏が訪れることに、結局私は胸をドキドキと高鳴らせるのである。



夏休みが近く浮かれる気持ちはわかりますが、まだ授業はあります。皆さん気を引き締めてくださいね。





なんでもう期末テストも終わってるっていうのに、授業があるんだよ~!


そんな風に文句を言いつつも、今日も寂しい田中先生の頭を見ていつも通りだなあと安心した。
そう。
いつも通りの、はずだった。



えーそれから、今日は特別なお知らせがあります。
なんと……こんな時期ですが、我がクラスに転校生がきました!





は?


転、校生…?
期末が終わりもうすぐ夏休みを迎えようというこの時期に…??



何故今!? ここは普通に夏休み明けてからじゃない!?





ああでもそっか、今友達作っておかないと夏休みぼっちで寂しいからかな…。


私は勝手に脳内で話を作り勝手に納得した。
その推測が的中しているかはさておき、せっかくこのクラスに来てくれるのだから学級委員として手厚くもてなしたいと思う。このクラスに足を踏み入れた時点で、その人物とは学級を共にする仲間なのだから!!



学級委員として、しっかりしなくちゃ!


そう言って私が気を引き締めたとき、ガラリと教室の前側のドアが開いた。



では安藤くん。どうぞ


「はい」
そう声が響いたかと思うと、一人の青年が教室へ入ってきた。



…っ


白い。
眩い。
そして……儚い。
私はその人間離れした美しい風貌をみて、まるで天使のようだと……そう思った。



はじめまして。安藤シテです。


まるで教室の中へ一人の天使が舞い降りたかのような、美しく儚い白。
その白は、今まで見たどんな白よりも美しく…それでいて、物悲しい色だった。



…。


私はそんな彼を見て、しばらく言葉を失うことしかできなかった。
その時。
ガタッ



……っ!!





なぜこいつがここに……!?





荒川くん…?どうしたの?


荒川くんの様子がおかしい。
安藤君に対してなにか不思議な反応を示しているけど……もしかして知り合いなのかな?
でもただならない様子だし、下手に聞くのも悪いかな…。
彼の様子を不安に思いつつも、私はまた転校生の方へと視線を向けた。改めて見ると本当に人間なのか疑いたくなるような風貌をしている。



白い色は好きだけど…。


と、その時。
ぱちっ



今、目があった…!?


今、確実に目線がばっちりあったような…。
かと思うと、唐突に安藤くんはとびきり嬉しそうな笑みを浮かべてこちらへ駆け寄ってきた。



リンネ…!!





!?





なぜ名前を知っている…!?


私は動揺していた。
人間離れした人間が現れたというだけでキャパオーバーなのに、しかもその人物が何故か私の名前を知っているときた。
語彙力が乏しく申し訳ないが、正直意味が分からないという言葉以外何を使っていいか分からないような状況である。



おや、浅葱さん。安藤くんと知り合いだったのですね。





え、いや違うんですけ





そうなんですよ! 実は僕が海外へ留学する前は、ずっと彼女と一緒にいたんです。幼馴染ってやつですね。





は…!?





おやおやそうでしたか。浅葱さんなら学級委員もしていますし、安藤くんのことは任せてしまっても問題無さそうですね。
よろしくお願いします、浅葱さん。





えっ、はっ、はい!





思わず反射的に返事をしてしまった…!


なんたる不覚…!
なんて言っている場合ではない。どういうことなのだ、これは!



それじゃあこれからよろしくね、リンネ。


安藤くんは悪びれる様子もなくそれがさも当然のように私の隣の席に腰掛け、そしてさらには下の名前を平気で呼ぶ。



え、えと。よろしくお願いします…。


言いたいことはたくさんあったはずなのに、すでにキャパオーバーだった私はそんな言葉を絞り出すのに精一杯だった。
一体これからどうなってしまうんだろう。
凛音は、明日からの学校生活を想像し、ため息をついたのだった。
