真夜中。
無事本日の施術を終えてアパート前で経華と別れる小暮。



ご苦労さん。じゃあ、またよろしく





あのすいません。今日は駅まで送って頂けないでしょうか?





ん、どうして?





にゃんにゃん先生が急にあんな話するからじゃないですか!
私、あの話聞いてからずっと左半身が痺れっ放しで…
ほら、たしか前に私に施術して下さったときに不浄のものは左半身から入ってくるとか、霊感は左から感じるとか言ってたじゃないですか?
蕎麦屋の話を聞いてから私ずっと左肩が重くて胸が締め付けられて…それに誰かに見られているような気がしてて…





ああ、あの話?あれは全部ウソだよ





う…そ?





そう。昔なんかの本に書いてあった怪談噺をちょっと俺が尾ひれつけて話しただけさ。因みに人は怯えたり、緊張すると一時的に体内の血流が滞って肩凝りのような症状を起こす。だから背中や肩回りがざわざわして誰かに見られているような一種の麻痺状態が生じる





つまり、私のざわざわタイムは科学的に証明できると





少なくとも話し手の俺は君のリアクションに大きな手ごたえを感じてやや体温上がっていた気はするけどね


経華は涙目で小暮の胸をポコポコこついた。



いじわる!もう知りません!


経華は子猫のように潤んだ目で小暮を一瞥してから走って帰ろうとした。



駅まで送っていくよ





結構です!
走って汗かけばお化けなんて怖くないですから!!
気のせいらしいですしね~、ごきげんよう!!!


と叫びながら経華は目を瞑ったまま走って帰って行った。
途中で電柱に頭をぶつけながらも何かを叫びながらめげずにダッシュで帰って行った。
小暮は小首を傾げ、
とりあえず煙草に火を付けた。



大人げない事したかなあ


本当ねえ



君が怖い話なんて言うから、助手が辞めちまうかもしれないよ





もう先輩のところには手を合わせて来たのかい?





ううん、これからなの。お稽古が長引いちゃって





明日出番?そこのロック座で?





そうよ、観に来てくれる?





そうだな。スロットで早めに勝てれば行くかもしれないな





何かひねくれた大人げない返事ね





よく言われるよ…よかったら暇だし散歩がてら付き合うよ、墓参り





ホント?助かるわ


小暮と女は並んで歩き始めた。
小暮は何となくその先輩の自殺した橋というのは粧子と同じ駒形橋だと思っていた。
案の定、
駒形橋の前に差し掛かるが、
女はそろりそろりと素通りした。



どこまで行くんだい?





さあ、どこだったかしらね。浅草ってたくさん橋があるでしょう?私も久々に来たものだからすっかり忘れてしまって


女は全然申し訳なくなさそうに笑って返した。
続く
