そっと病室に戻った恵司は(とは言うものの、やはりバレてこってり絞られた後なのだが)ベッドに横になると、じっと天井を見つめながら今までの事を整理する。
そっと病室に戻った恵司は(とは言うものの、やはりバレてこってり絞られた後なのだが)ベッドに横になると、じっと天井を見つめながら今までの事を整理する。



事件に係わってんのは全部で七人……一人は死んでっから六人か


寝返りを打ち、順々に顔を頭に浮かべていく。浮かんできた複数の顔に、マルやバツを付けていくイメージで取捨選択を済ませた彼は小さく唸り声を上げた。



どーう考えても犯人だけははっきりしてるんだが、それをしっちゃかめっちゃかにしてる奴がいる……。うわぁ全員並べて喋らせてぇ……だけどそんなことしたらイヤーな予感もするんだよなぁ


既に時刻は深夜なのだが、全く眠れない恵司は携帯で音耶に一通メールを送る。メッセージアプリを使わないのは音耶がそれを何もかも使っていないからだ。



『明日俺の代わりに名もない彼に会いに行ってくれ。誰かは分かんないけど総当たりすりゃいけるべ』っと


そのあまりに投げやりなメールにはすぐさま返事が来た。音耶からの返信は一言、『死ね』とだけ書いてある。怪我で入院した双子の兄貴に向かってそれは酷いんじゃないかと頬を膨らませた恵司はごろりと体勢を変え、メールを打つ。



『じゃあ俺が勝手にハローさんに聞いてみる。今彼女が自由に連絡を取れる状態なら』


そう送ると、少しの間の後『被疑者とはいえ逮捕されてるんじゃないんだ。お前の方が連絡を取れる状態なら取れるだろう』と返事が来た。早い話が、人の事をどうこう言う前に自分の状況を考えろというのだろう。



そうはいっても、安楽椅子探偵っつーのは肌に合わないしなぁ。何しろ暇だし


暫く考えた挙句、恵司は一度眠ることにした。どちらにせよこの時間帯では誰かに連絡を取るということは出来ない。流石に彼とてそのくらいの常識は持ち合わせているのだ。とはいえ、弟は別だったが。
消灯時間が過ぎ、暗くなった病院はそれなりに雰囲気がある。しかし、グロテスクなものだけでなくホラーも嫌いではない恵司は怖がるどころか状況に興奮してしまい眠れなくなってしまっていた。
――結局、彼がようやく眠ったのは、外から鳥の声がし始める時間だった。



真面目なコ……デスカ?





ええ。男で、普段あまり目立ってはいない子だと思います。ですが、成績が良く、真面目な生徒はいませんか?


音耶の言葉に、ハロルドは少し考え込むような仕草をすると、ぽんと手を叩いたかと思うと一人の青年の名を告げる。今まで捜査線上には全く浮かんでいなかった名前ではあるものの、音耶は小さく頷いた。



恵司が言った通りだったな……


結局恵司に言われたとおりの行動を取ってしまう自分を恨みつつ、しかし事件が進展することに安堵してしまう音耶はあらゆる意味で溜息を一つ吐いた。



……刑事、サン


ふと、ハロルドが真面目な顔で音耶を見る。今までも勿論彼女は真面目ではあったのだが、若干の声色の違いに音耶は鋭く気付いた。何か、彼女が今まで話していなかった大事な情報が出ると確信した音耶は一言も聞き逃すまいとハロルドにしっかり向き直る。



何でしょうか?





探偵サン……貴方のお兄サンに、お話しなければならないことがありマス





俺では、駄目だと





……貴方が刑事サンとしてではなく、探偵サンの弟として、個人で聞いてくれるなら別デスガ?





……警察には、話しにくい事という訳ですね。





ハイ。……私の、依頼に係わることデス


今日は共に動くことの多い埴谷もおらず、他の捜査官も来ていない。音耶は「分かりました」と頷くと、自身の携帯電話を兄へと繋げ、音声をスピーカー出力に返る。



もしもしー? あれ、何なの音耶?





お前の依頼人から直接話だ。一応俺も同席するが、彼女の意向だ、警察に知られたらまずい話なら漏らさないから安心しろ





……ふーん。ってか音耶、お前はそれでいいのかよ、お前がその警察じゃんか





今更何言ってんだ





それもそうだったな。電話越しですみませんけど、そこにいるであろうハローさん。俺に何か話したいことでも?





……私は、アナタに謝らなければいけないこと、ありマス


重々しい空気だった。一瞬音耶はハロルドが自白でもするのかと考えたが、その考えは一瞬にして砕かれる。



私は、この事件の犯人を知っているんデス





……詳しく、お聞かせ願います





先程、刑事サンにお伝えした……斉藤正樹君が、この事件の犯人デス


音耶はやはりなと納得するが、電話口からは何も聞こえない。恵司が何を考えているのか音耶には解らなかったが、少し間を開けたところで動揺するような口ぶりではない、いつものそれで恵司は声を発した。



ハローさん、断定するという事は、何か知っていることがあるということですね?





……見てしまったんデス。私は、さ、斉藤君が、頭カラ、血を出す利里チャンを……引きずるトコロ……





……その時点で、通報は





そんなコト、出来マセン! だって、だって私が探偵サンに事件をお願いシタ理由、それは……





……私の生徒を、守って欲しいからデス


暫しの沈黙。それは双子が理由を勘ぐったためのものとも、空気の重さから声を発することが出来なかったからとも取れるものだった。
立場的にはかなりとんでもない話を聞かされてしまっている音耶は若干のめまいを覚えて傍の壁に軽く手を付くが、恵司の方はそんなことも知ら無いのであろう、携帯からは何の声も聴こえなくなった。



本当に、私がお願いしたいコト。私の生徒を、助けることデス。犯人トシテ私を捕まえる事、構わナイ。そのために、変な事、言いマシタ。利里チャンの頭見ツケタ日、本当なのは、探偵サンに言った方。私、警察に、嘘吐きマシタ。……お話聞かせて欲シイ言ワレタ時も、ちょっと嘘、吐いてマス。だけど……


そこまで言った彼女の声は弱々しいものだったが、ぐっと何かを飲み込んだようなハロルドは一転、強い声で叫ぶように言った。



あの子達、まだ未来アリマス! だから、間違い、知って欲シイ。けど、未来に、傷、付けて欲しくナイ! 私、我儘デス。でも、どうか、分かって下サイ!


ハロルドの言葉を聞いた恵司は、電話越しに小さく笑った。その笑い声が何を意図しているかつかみかねているハロルドに、恵司は今までとは一転、楽しそうな声で笑い混じりに答える。



なーんだ、そういうのは最初から言ってくださいよー。おかげで、ようやくしっくりきた





……分かったのか?


音耶は、「ハロルドの言い分が」という意味で言葉を発した。無論、それはまさかまだ犯人なぞ分からないであろうという想いからだが、勿論恵司は異なる意味でその言葉を解釈する。即ち、犯人の正体についてだと。



分かっちまった。要するに、出来の悪いコントってことがな。……音耶、お前だけに話したいことがある。後で来てくれ


褒められることを期待する子供のような口調の恵司に、音耶は誰の真意も掴めぬまま、ただ頷くことしか出来なかった。
