花が陽気に言う。空は透き通り、周りは山と草と川。絶好の合宿日和だ。
結局、高島くんとは気まずいまま合宿を迎えてしまった。私は明に言われた通り、明るく振舞っているつもりだ。



とーちゃーっく!んー、やっぱ山の空気っていいもんだねえ。


花が陽気に言う。空は透き通り、周りは山と草と川。絶好の合宿日和だ。
結局、高島くんとは気まずいまま合宿を迎えてしまった。私は明に言われた通り、明るく振舞っているつもりだ。



よし、ここがサイトのはずだからみんなここに荷物置いて、着替え持って早速練習するぞ!マネ組は設営よろしくな!





あいよー!


赤坂くんがテキパキと指示を飛ばす。
私達マネージャーと、怪我で練習が出来ない何人かはテントやグリルの設営をする。部員全員のテントを作るのは、結構骨が折れる作業だ。



さてさて、ここは手分けしてやらないとみんなが戻ってくるまでに終わらないからね。私と灯とこころんでテント2つ、悠斗とスズでもう2つ頼んだ!で、全部終わったらグリル組み立てよー!よし、はじめ!


マネージャーのリーダーは花だ。
一年生のマネージャー、心ちゃんとテントになるだろう塊に手を伸ばす。
部員のみんなが、荷物から着替えを持って更衣室へ向かっていくのを眺めながら。
すると、高島くんと目があった。練習頑張ってねと言えない私は、わざとらしく目をそらした。
その様子を見ていた心ちゃんが不思議そうな顔をしてきいてきた。



灯先輩と高島先輩、最近あまり話してないですよね。少し前までは、一年の間で二つ目の部内カップル誕生かーなんて騒がれてたのに。


なにそれ初耳。



あ、それ一年に限らず二年も話してたー。どーしたのよ灯。高島とデート行ってからなんか変じゃん?二人共。


テントのシートを引きずりながら花が言う。え、デートってどういうことですか先輩!と心ちゃんがきらきらする。



やーっとくっついたって雰囲気じゃないし、喧嘩でもしたの?


花は呆れた声を出しながらシートを広げる。その言葉に、骨組みを組み立ててた心ちゃんのきらきらが引っ込んだ。



いや…最初から付き合うとかそういうのはないんだけど…。





だけど?





だけど?


苦笑いしながら言った言葉に、心ちゃんと花が綺麗なハモリで聞き返してくる。



火事のことを話したら、気を遣われてしまいまして…。


デート(?)の時の事を話すと、二人は同時にはあーっとため息をついた。心ちゃんは小学生の時からの後輩なので火事のことは知っている。



高島先輩ですものね…。あのめちゃくちゃ真面目な高島先輩ですものね…!





いや真面目なのがあいつのいいとこなんだけどさあ!それで気まずくなったら意味ないだろ!


二人はぶつぶつ何かいいながら物凄い勢いでテントを組み立てていく。



灯!





先輩!


突然二人が立ち上がって叫んだ。びっくりした。心臓に悪いからやめてほしい。



灯はさ、また高島と仲良くしたいって思う?





う、うん。もちろんだよ。高島くん、いい人だし話してて面白くっていつも笑顔にしてくれるし。





先輩、惚気てる場合じゃないです!高島先輩と仲良くしたいなら、先輩から動きましょう!





な、仲良くしたいから、気にしてないよって振る舞っている…つもりなんだけど。





いいや、灯はぎこちなさすぎる!もっと積極的に高島に話しかけに行け!





そ、そんなの…難しいよ…。





あーもう!なんだったら高島先輩を呼び出しましょう!それで先輩が何も気にしてないってこと直接伝えましょう!!


心ちゃんの可愛い顔がぐいっと目の前に来た時だった。ポケットに入れたケータイが震えた。
LINEの通知だ。…高島くんからの。
内容は、お昼の休憩時間に更衣室横の部屋に一人で来てほしい、とのこと。
ケータイを見ながらフリーズした私の顔を、心ちゃんが覗き込んでくる。



先輩?どうかしましたか?





…高島くんから…お昼に呼び出された…。


小さく呟いた私の声に、心ちゃんと花の顔は輝いた。



先輩!ファイトです!





頑張れ、灯!


二人の笑顔に、何故か頭がくらくらした。
お昼休憩になった。
高島くんから呼び出された場所へ向かう。設営は、心ちゃんと花の手際が良すぎて午前中で終わった。
二人にはついてくるなと釘を刺しておいた。
更衣室横の部屋。グラウンドの横に小さな二階建ての建物が建っている。その中に更衣室があると赤坂くんが説明しているのをきいた。
幸い、そんなに探すのに苦労はしなかった。小さな会議室のようだ。
ちょっと緊張する胸をおさえて、ドアを開けた。
中には既にユニフォーム姿の高島くんがいた。



…高島くん。





良かったあ。一ノ瀬来てくれた。あんな誘い方じゃあ、来てくれないんじゃないかって送ったあと後悔してた。


そこには、前みたいなきらきらした笑顔の高島くんがいた。



高島くん?


戸惑いながらその笑顔を見上げる。



ああ、今まで気まずくしちゃってごめんな。正直、あんな理由だと思わなくってショックを受けてた。一ノ瀬と何を喋っていても一ノ瀬を傷つける気がして、話しかけられなくってさ。


ほんと情けねーと高島くんは笑う。



でも、気がついたんだ。俺、一ノ瀬と話さなくなるとめっちゃくちゃ寂しい。怯えて話せなくなるより、一ノ瀬とちゃんと話して嫌なことは嫌って正直に言ってもらったほうが全然いいやって。


ああもう、本当にいい人だ。
数日前のふわふわした感覚が戻ってきて、甘酸っぱいような気分にさせられる。



えへへ、私も寂しかった!嫌なことは嫌って言うよ。私、高島くんに嘘はつかない。だから、気を遣うのはやめて今まで通り、仲良くしよう?





ああ!


高島くんが笑顔で答えてくれた。
その笑顔はなぜか悲しそうに見えたけれど、きっと私の気のせいだ。



よかった。夜のバーベキューの火の話、一ノ瀬が無理しないように策を練ってきたから、それが無駄にならなかった。


高島くんがポケットから一枚の紙を取り出す。



え、そんなの考えてくれていたの?





うん。一ノ瀬、無理は良くないから。うちの大切なマネージャーさんだし、これぐらいなんのその。


得意そうに笑う高島くん。



ありがとう!どんなの考えたの?見せてー。


ああ、本当に嬉しい。
得意げに作戦を説明する高島くんが可愛い。その作戦は至ってシンプルだけれど、高島くんが一生懸命考えてくれたのがよくわかった。



ちなみに部長も協力してくれるのできっと大丈夫!





わー!頼れるね。えへへ、ありがとう高島くん。





どういたしまして。そろそろ昼ごはん食べる時間無くなるから戻ろうぜ。





そうだね。


ああ、幸せだ。
また彼と楽しく話せる日が来た。嬉しい。
私はご機嫌でドアノブを回した。



あ。





えへへ…。


そこにはニヤニヤしながらドアに耳をつける花と心ちゃんの姿があった。
二人を怒り、高島くんのことを説明して、作業に戻りバーベキューの仕込みをする。
食材を切ったり、ソースを作るのは普段料理をする私が仕切る。
料理慣れしていない花は見ていて危なっかしい。心ちゃんは、お菓子作りが好きだからとかなんとかで随分と手際が良かった。
男子二人が火をつけてご飯を炊いてくれている間に、私達は料理器具を洗いに行く。



しーかし良かったねえ、高島が自分から話しかけてきてくれて。





ふふ。心、先輩方の話聞いててきゅんきゅんしちゃいましたあ。


ねーっと顔を見合わせる二人。



もう。びっくりしたんだから。…まあ、高島くんがああ言ってくれたことは嬉しかったけど。





灯先輩かーわいい♪でも部屋から出てきた時の高島先輩も可愛かったです。


心ちゃんがニコニコしている。



ああ、こころんも思った?高島ったら私達がきいてるのわかった瞬間赤くなってさあ。





え、その高島くん見たかった…!


あはは、と笑い声が洗い場に響く。
カラスの鳴き声が響いている。
横の川の音が心地いい。
ああ、燃えるような夕焼けがこんなに美しく見えるなんて。
少し前までは思いもしなかった。



さて、そろそろ部員が戻ってくる時間じゃないか?





そうだね。





男子のご飯の様子を見て、疲れたみんなを最高の状態で迎えようじゃないか!


花が元気よく拳を上に突き上げる。



おー!


私と心ちゃんも笑って手を上げた。
ちょうど、部員のみんなが戻ってくるのが見えた。
駆け足でサイトへ戻る。



みんなおつかれー!ご飯出来てるから、肉は自分たちで焼いておくれよー。


花がみんなにお皿を配っていく。私は後を追って箸を配る。心ちゃんがお肉や野菜を持ってきて、中央のテーブルにおく。その量の多さにおお、と歓声が起こる。
幸い私の視界に炎は映らない。
お昼の高島くんの作戦を、花と心ちゃんにも伝えたのだ。
作戦は、私達マネがお肉を焼かない、という単純なこと。部員のみんなで好きに焼いていいよーといってマネ三人は中央テーブルの方で食べる。
お肉は赤坂くんと高島くんが焼いたのを持ってきてくれるそう。ありがたや。



一ノ瀬、大丈夫か?


高島くんが心配しに来てくれた。



うん、ありがと。今のとこ高島くんのおかげでへっちゃらだよ!





そっか、よかった。


お肉を焼いて持ってきてくれるという高島くんにお礼をいって正面に向き直る。
…ニヤニヤしている女子二人がいる。



いやー、熱いですなあ。お二人さん。





心、お昼からずっときゅんきゅんしてます…!





もー、二人ともやめてってば。高島くんがすっごくいい人なだけで、恋愛とかじゃないから!


自分で言ってて顔が熱くなるから説得力が無い気がする。



灯先輩ったら、素直じゃないんですからー。





本当だってば。なんなら私、他に好きな人…いるし。


心ちゃんが残念そうな顔をする。



えー、高島先輩じゃなきゃ他にいるんですかあ?


焼いたかぼちゃをもそもそ食べながら不満気に言う。



なになに?恋バナ?おにーさんも聞きたいなあ。


焼き上がったお肉が乗ったお皿を持って赤坂くんがにこにこ笑いながら話しかけてきた。



ここは女子会なんですー。あんたが来ていい場所じゃあございませーん。お肉置いてお引取りくださーい。


花がしっしっとジェスチャーする。



まったくひどいなあ、花は。せっかく肉持ってきてやったのに。ほら、だいぶ焼けたからみんなも食べな。


赤坂くんはお皿をテーブルに置いて空いていた私の隣の席に座る。



で、誰の恋バナ?





はいそこ座らない!女子トークに混ざらない!あんたの席はあっち!





なに、花。俺が一ノ瀬の隣に座るから焼きもちやいたの?





そんな訳無いでしょー。私の隣に座りたけりゃ座ればいいんじゃない?椅子ないけど。


冷たい事を言いながら花の顔は嬉しそうだ。



花ー、いちゃつくのは二人きりの時にしてほしいなあ。





お、灯先輩が反撃にでました!


今まで散々いじられた代わりに花をいじってやろうとしたり顔で言った時。



うわああっ!あぶない!


グリルの前で誰かの叫ぶ声がした。
みんなは一斉にそっちの方へ向く。
グリルの上の豚トロについた火が勢い良く燃えている。グリルの網にこびりついていた灰に燃え移る。
その揺らめく赤い炎を見て、私の呼吸は詰まる。
とっさに目をつむると、あの日の明の泣き喚く声と共にお母さんや火燐お姉ちゃんの顔が暗闇に映し出される。
明の声の奥の方で、花や心ちゃんが慌てて火を消しに行く音が聴こえる。
しかしそれは何かを燃やす音と、泣き喚く声にかき消されていく。
待って、一人にしないで。置いて行かないで。
怖い、怖いよ…!
その時、誰かの手が私の腕を掴んだ。



一ノ瀬、大丈夫か?


しっかり聞こえる。高島くんの声だ。
強いけれど、決して痛くない力で私の右腕を掴んでくれている。
恐る恐る、目をあける。
心配そうに、私を覗きこむようにかがんでいる、高島くんがいる。
その向こうで、丸焦げになった豚トロを押し付けあうみんなの姿が見える。
グリルの中で、さっきより小さい火がゆらりゆらりと揺れている。
いつの間にか、頭の中に響く泣き声も、お母さんたちの顔も、消えていた。



…一ノ瀬?





高島くん。ありがとう。ちょっとびっくりして怖くなっちゃった。


私は無理することなく微笑む。
さっきまでの怖い気持ちが、びっくりするほど無くなっている。
さっきのは何だったのだろうと思うほど。



大丈夫か?





うん。高島くんが来てくれたら、なんか安心した。


えへへっと笑う。
高島くんがびっくりしたように目を開いて、そして嬉しそうに笑った。



本当に無理してないか?俺のこと、もっと頼っていいから。


そう言ってくれる高島くんが、本当に頼もしい。本当に素敵な友人を持った。



ねえ、高島くん。





どうした?





私、今なら火、怖くないかも。


正面から高島くんに向き直って言う。そして、高島くんの体で見えなくなっていたグリルを見ようと、一歩前へ進む。
まだ少し自信がないから、高島くんの袖を掴んで。



…え?





みんなと一緒なら、怖い気持ちが無くなるかもしれない。みんなと一緒にお肉焼けるかもしれない。


小さく揺れる炎を視界に捉える。それに向かって、ずんずん進む。
グリルの周りでは、テンションがハイになった男子共が肉も食べずにふざけているけれど、関係ない。



わっ!ちょ、一ノ瀬?大丈夫なのか?


驚く高島くんを引っ張って、私はグリルの前で座り込んだ。
炭の中で、小さな炎がゆらゆらと燃えている。風が吹いたら消えてしまいそうなのに、ふとした瞬間にぶわっと大きくなる。
その暖かな光は、私の心の中でまだ燻っていた恐怖をくるっと包んで無くしてしまった。



高島くん。


炎をみつめたまま、隣でしゃがむ高島くんに向けて小さく呼びかける。
高島くんがこちらを見るのがわかる。



火って、こんなに暖かいものだったんだね。


しばらく私を見つめたあと、高島くんはもう一度炎に向き直った。



…そうだな。


そう、小さく優しく呟いて、私の頭をぽんぽんっと撫でてくれた。
