怪我が治ったら?
怪我が治ったら?



ここ、与兵の家?


いきなり呼び捨てです。



……そうだ。





へー、意外。
綺麗にしてるんだね。


山奥の一軒家。
診療所のおじいさんの持ち家です。
小さな家ですが、与兵は綺麗に使っていました。



診療所に置いて来ればよかったかも……。


家に連れてきたことを、後悔している与兵でした。



ねえ、お腹空いたんだけど。





今、帰って来たばかりで、
出来てるわけないだろ。
ちょっと待ってろ。





はーい





怪我が治ったら追い出す。


そんなことを思いながらごはんのしたくをしました。
町で買い物もしていたので、食材もたくさんあります。
与兵はそれらを惜しげもなく使いました。



♪~


鶴太郎が、小さな声で歌っています。



……。


与兵はそれを、土間で食事のしたくをしながら聞いていました。



♪~





…………。


空から光が降ってくるような、そんな感じがしました。



おいし~





……。


ご飯を作ってあげると、鶴太郎はモリモリ食べました。



こんなに美味しいご飯、
食べたことないよ。





まあ、当然だ。


与兵は凝り性です。
山奥での生活を、地味に楽しみながら技を究めていました。
炊事洗濯、なんでも得意になっていました。
山奥での生活は、時間がたくさんあります。



やっぱり嫁になろうかな。





断る。
怪我が治ったら出て行け。





え?





…………。





…………。


与兵は心がチクっとしましたが、何も言いませんでした。
その日の夜です。



ねえ、そっち行っていい?


与兵は自分の布団の隣に、物置にあった布団を持ってきて、鶴太郎を寝かせていました。



はぁ?


鶴太郎と寝る気はまったく全然ありません。
与兵の好みのタイプは美人なお姉さん(絶対に女性)です。
姿かたちは好みのど真ん中ですが、もう少し成長した方がいいです。
でも、男は無理です。



一人で寝るの、
慣れてないんだ。


さっきまでずうずうしかったのに、頼りなさそうな声で言います。



なんだそれは?





こんな真っ暗な夜、
怖いよ……。


月は出ていましたが、町に比べれば暗いです。
与兵ひとりしか住んでいない山奥では、街灯もありません。



寒いし……。





……。


鶴太郎は、まだ声変わりもしていない子供です。



好きにしろ。


吐き捨てるように与兵は言いました。



わーい


鶴太郎は大喜びで与兵の布団に入ろうとしました。
でも、足を痛めていたので、思ったように動けません。



あれ、あれ?


与兵の布団を持ち上げて、うんうん唸っています。



寒い……。





……っとにもう。


隙間風に耐えられず、与兵は鶴太郎を抱き寄せて布団に入れました。



……。





……。





あったかい~


そう言って、鶴太郎は与兵の体にピタッとくっついてきます。



……。


与兵にとっても、久しぶりの人のぬくもりでした。



お前、家族は?





いないよ。





一緒に旅していたっていうのは?





知り合いだけど、家族じゃない。





いつか、別々にならなければいけない人たち。





こう見えて苦労しているのか?





みんなに言われたんだ。
「家族が欲しいなら、誰かの嫁になればいい」って。





嫁って変だろ?





変じゃないよ。





そうしなさいって
言われたんだ……。





ボクは「ふつう」と違うから。





…………。





試してみる?


鶴太郎はそう言って、与兵の胸元に手を伸ばしました。



やめておけ。





そっか……。


鶴太郎は、与兵から手を離しました。
その声には、傷ついたような、寂しいような響きがありました。



……怪我してるだろ。


与兵は自分でも、どうしてそんなことを言ってしまったのかわかりませんでした。



じゃあ、
治ったらしようね。


与兵の言葉に、鶴太郎は嬉しそうに言いました。



そんなことしなくても、
置いてやるから。





ふーん。





なんだ?





なんでもない。


鶴太郎は、与兵にぴったりくっついてきました。



暑いから離れろ。





ウソだ~。
めっちゃ寒いし。





俺は暑い。


それでも鶴太郎はグイグイ寄ってきます。



離れろ





ねえ……。





あ?





いつもこんな寒いところに
一人で寝てたの?


雪深い山奥の一軒家は、身も心も凍えてしまいそうでした。



……そうだ。





ふーん。


鶴太郎がくっついてきたけれど、与兵はそれをどけませんでした。



湯たんぽだと思えばいいか……。





……。


こそばゆい湯たんぽでした。



……。


鶴太郎は、幸せそうに眠りました。
