現在、俺はベッドに寝かされていた。左手はミイラみたいに包帯でグルグル巻きにされ、太さが自分の体のパーツとは明らかに違う。



ハァ……


現在、俺はベッドに寝かされていた。左手はミイラみたいに包帯でグルグル巻きにされ、太さが自分の体のパーツとは明らかに違う。
目を細め、天井を見上げる。
ここは俺の住んでいる市内の総合病院だ。数時間前、俺は國澤に話を申し込んでいた。多少なりとも話を聞かせてくれると思ったが、自分の勘違いだったらしい。それに俺は逆上したのか、傍にあった窓ガラスを殴ったようだ。
『ようだ』とは、まるで人ごとのような言い方だが、本当に何も覚えていない。気づいたら窓ガラスに手を突っ込んでいたのだ。その後、事態を聞きつけた南方が教室に来て、そのまま俺を病院(ここ)へと連れてきた。
左手は何針か縫う羽目になり、麻酔で今も感覚もない。しかも、大事をとって今日一日は入院することになった。



まったく……ついてない……


そんなことよりも、今後彼女にどうコンタクトを取るかだ。あの様子だとまだ人に心を開いていない感じでもあったし、今回の件でさらに話しにくくなったと思われる。手段として考えるなら、友原か神薙に聞きだしてもらうしかない。



まぁ、うまくいくかどうかは分からないが……





おや、もう目を覚ましたのかい?


ボーと色々考えている最中、白衣を纏った男が入ってきた。



はい、ご迷惑をおかけしてすみません


この人は怪我をした左手を治療した医者だ。見た目的に二十代後半から三十代前半のような若々しい医師である。



いやいや、怪我した人を治すのが僕の役目だからね


爽やかな笑みを浮かべながら、医者は柔らかに返す。その医者の対応にホッとした。特に心配していたわけではないが、こう優しく接されるとなんか安心するのだ。



ところで、なんだって窓に腕を突っ込んだんだい? 何か喧嘩でもしたの?





そ、それは……


ここで素直に窓に関しては身に覚えがないと言えるわけもなく、俺は喧嘩でついやってしまったということを医者に言った。



まぁ、人との付き合いがあれば必ず喧嘩する機会があるけど暴力はダメだよ?





はい、気を付けます


よし、とにこやかに言う医者の人は少し俺の服を見て何か気になったのかこんなことを尋ねてきた。



ところで君って……黒幹学園(くろみきがくえん)の生徒さん?





……はい、そうですが……


納得したように頷く相手。



最近、君たちの学校で誘拐事件があったらしいね





……………


あまりにも直球で言葉が詰まった。普通の奴だったら簡単に返せる反応だが、今の俺は若干事件に片足突っ込んでるようなものだ。返答をするのに少しばかり時間がかかった。



はい、同級生の女の子が誘拐されました


すると、医者の人が目を口を開けて驚きを表した。



君、もしかして浪木さんの知り合い?





…………!?


この人の口から浪木の名前が出てくるとは思わず、俺も驚いてしまった。それと同時になぜ彼女の名前を知っているのか、そんな疑問に駆られた。



はい、知ってますけど……浪木を知ってるんですか?





ああ、もちろん。彼女はよくここに通ってたからね





そうなんですか!?


彼女が今まで体調が悪かった素振りとか怪我をしていたようには見えなかった。彼女が失踪する前もいつものように笑っていた。ニコニコと……。



あの……浪木ってどこか悪かったんですか?


すると、医者は少しだけ眉間に皺を寄せ、何か考えているようだった。悩んだ末に、ハァと溜息を吐いて医者は注意事項を伝える。



あまりこういうことは他の人には言っちゃあだめだよ


ただならぬものを感じた俺は覚悟を決め、静かに頷いた。



彼女がいつもここに来ていたのは『怪我』をしていたから





怪我……?


怪我なら誰にでも起きるし、そこまで重い内容でもない気がしたが、医者の話はまだこれからだった。



そう、彼女はいつも怪我をしていた


語りだすかのように医者は続ける。



うなじ、背筋、腰、太ももの内側……箇所がどれも見えずらい所に一度に傷を負っていた


そんな状態でいつも学校で幸せそうに笑っていたかと思うと、胸がぎゅっと締め付けられた。なぜ彼女がそんな辛い思いをしてまで黙っていたのかが分からない。さらに医者は話を続けた。



傷と言っても切り傷や火傷の類ではない。打撲だよ





打撲って……そんなにいっぱいできないですよね?





極めてそれなんだよ。通常、打撲なんて打ち付ける範囲はそれぞれだけど一カ所に過ぎない。だけど、今回は箇所がバラバラなんだ


どこかにぶつけてそんなまばらに打撲傷を負えるのか……。そういうのは考えにくい。活発な彼女なら確かに傷の一つや二つ作るかもしれないが、打撲傷に限ってはよっぽどのことがない限りは……。



よっぽどってなんだ……?


偶然にはできないはずだ。そんなこと起きるはずがない。だってそんなケース知らないぞ。しかも医者の人もよく言っていた。
『いつも怪我をしていた』
その時、最悪な答えが頭の中で生まれた。おぞましくて、胸の中に広がるどす黒い気持ちに吐き気を催した。ついつい、口に手を添えてしまう。



その様子だと、察したようだね





最近は……彼女が失踪する前はここへは来ていたんですか?


一瞬の沈黙の後、医者はこう返した。



残念ながら来ていたよ


それを聞いた途端、頭の中がごちゃごちゃとした。人なんてまるで信用できない。人間不信に陥っている國澤の気持ちが今なら理解できる。
この話を聞いてる時点での結果を挙げるなら最悪だ。もし全てが本当だとするならば、俺が捜そうとしている犯人はいない。



まぁ来る回数こそは少なくなっていたが、怪我の方は前より酷かった





なんで警察に通報してあげなかったんですか?


怒りが次第に湧いてきた。目の前の患者を、また怪我するであろう患者をどうして助けてあげないのかと心の底からその医者をその時は怨んだ。
神薙が以前言っていた家出。たぶんそれが高いと思われる。なぜなら、彼女、浪木 香苗は保護者の南方 功から苛烈な虐待を受けていたからだ。



無論、僕もそうしようとした。でもその時彼女が言ったんだよ


医者の人は顔を強張らせ、彼女が言ったであろう言葉を告げる。



大丈夫です先生。これは叔父さんからもらった大切な愛情です。だからそれを奪わないでください





…………!?





これを満面の笑みで言ったんだ。ある意味、僕は彼女を止めることができなかったよ


正直、ゾッとした。彼女のあり方が歪んでいる。暴力を受けても尚、その人物の行いを全て愛情だと表現するのだ。しかも、それを満面の笑みで言うというのが彼女の人格が崩壊している証拠だ。
だから、余計に彼女を見つけなくてはいけない。なんとしてでも……。
ベッドのシーツを握りしめ、俺は意思を固めていた。
