~機織らない鶴~
~機織らない鶴~



ということで本日よりソナタの家に厄介になることにしたから。





はあ。





食事と着物の用意をなさい。それと、湯浴みの支度を。あと、この部屋はあたくしが使うことにしたから、入ってはだめよ。





あの、その、ちょっと困るんですけど。いったい誰なんですか、あんた。





あのとき助けて頂いた鶴です。





やや、これはどうもご丁寧に。





えぇーそれ、もう公言しちゃうの。物語続くのこれ?





わたくし、種族の違いなんて気にしませんから。正体がバレたからと言って去ったりしません。





お帰りくださって結構ですよ。


鶴の恩返し。
貧しい老夫婦はある雪の日、鶴を助ける。後日、鶴は美しい人の娘に化け老夫婦の家を訪ねる。娘が言うには機を織るので部屋を決して覗くなとのこと。三日目に出来上がった布はたいそう美しく高値で売れたそうな。
覗くなとと言われてもつい好奇心に負けた老夫婦は、部屋を覗いてしまう。そこにいたのは、自分の羽を使って機を織る一匹の鶴だった。それが、鶴にできるただ一つの恩返しだったのだ。
姿を見られたからには、と娘は元の鶴の姿に戻り、飛び立っていってしまったそうな。
古くより伝わる、昔話。
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鶴さん、鶴さん。ご飯の支度が出来ましたが。





ありがとう、そこに置いておきなさい。





…………





何を見ているのです。用はすみました。あっち行きなさい。しっし。





あんた何しにこの家に来たんです?





機織りでもすると思いましたか。





はい。





鶴の機織りとは、すなわち己の羽を使い生地を織り上げるということ。自分を犠牲にする精神、美しい話ではありますが。





あたくし、思うのです。過ぎた自己犠牲などに頼らなくても、お互いが笑い合っている方がずっと面白い世界ではありませんか。





フフン、どう? あたくしちゃんと考えているんですからね。





ほっぺにご飯粒ついてますよ。


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せっせせっせ、せっせ。フキフキ。





掃き掃除に拭き掃除、精が出ますね。感心します。バリバリ、ボリボリ。





おせんべ食べてないで、手伝ってくれたらどうです?





フン、お掃除など下々の者に任せておけばよいこと。そう、例えばソナタのような、ね。





それとも、ソナタがどうしてもとお願いするなら、考えてあげないこともない。さあ、膝をついてお願いしなさい。





あんた何様なんです?





あの時助けて頂いた鶴です。





いえ、そういうことではなく。





仕方ありません。そこまで言うなら掃除の手伝いましょう。だけど覚悟なさい。あたくしが動く以上、中途半端では済ませませんから。





そこ! まだホコリが残ってます!





この棚、足がガタガタじゃないですか! さっさと処分なさい!





はいはい、承知しましたですよ。





はい、は一回! 口より手を動かしなさい!





ぼくは何のために生きているんだろう。





さて……見違えるほど綺麗になりました。やればできるじゃないですか。





どうも。





部屋がまるまる一つ空きましたね。何かに有効活用できないかしら……





ひらめきましたわ! あたくし、昔から起業するのが夢でした。ここは心機一転、ここを営業所として事業を営むんです!





うちにはそんな元手がありませんよ。





嘆いてる暇があったら考える。二人で考えればきっといいアイデアが浮かぶはずです。考える事、それが人間の特技なのだから。





あんた鶴でしょ……





元手、元手……そうだなあ、カイコを数匹飼っとりますが。





それです! 紡績で大業をなすのです。





ソナタは起業の技を学ぶために学校へ。燃えてきましたわ。そのための資金はあたくしがなんとかします。





えっ どこにそんな大金が。ここにきて助けたお礼が――





夢みたいなこと言ってないで。バイトします。ソナタも夜はバイトを入れておきますから。





苦学生コース


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こうして、数々の困難を乗り越え無事起業した二人。数年後には紡績業の第一人者として、国内に名が響くほどになりました。



従業員も100人を超え、工場も新設しました。ここまでよく成長しましたね。





まさかここまでになるとは。そう言えば、鶴さんの思いつきでしたよね。……協力してくれて、ありがとうございました。





最初は恩返しもせず居候決め込まれて、どうしようかと思いましたが。





はっ……恩返し……? もしかして、最初からこれが目的だったんですか?





…………





よく、ここまで来ましたね。





国内外を問わず活躍し、有能な部下も得た。随分と裕福にもなった。あたくしの役目はこれでおしまいなのでしょう。





ソナタが恩返しの真意に気づいてしまった以上、あたくしはここには居られません。





さようなら。今まで、ありがとう。





あ……そんな……鶴さんが行ってしまう。





でも仕方ない事なのか。彼女は鶴。いつまでも一緒には居られない。





大きな恩を返してくれた。それだけを糧に、生きていこう……






あれっ鶴さん。何か忘れ物でも?





何を一人納得してるんですか! バカ! 追いかけて来なさい!





待ってたのに来ないんだから、泣きそうだったじゃないの! 甲斐性なし!





紛らわしいこと、せんといてくださいよ。


こうして二人は、末永く幸せに暮らしたそうな。
めでたし、めでたし。
