霊深度
霊深度
-2の、



お前も私も


CridAgeT
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早朝午前三時、私は最悪な目覚めを迎えた。



めまいが、 する


ベッドの近くに置いておいたコップを取り上げて、
……下ろした。



これは昨日寝る前に半分ほど飲んだ……水だったか?


今はそんなものを飲む気分じゃない。



……久しぶりに酸味のあるものでも作るか


冷蔵庫を見やる。……レモンはない。



……


鍋に水を沸かす。
ザラメとクエン酸を思うまま大量に流し込み、冷蔵庫に残っていたちょっとばかりのレモンの皮を放り込んで、
わずかにとろみがつくまで煮詰める。



……そろそろ良いか


冷蔵庫の奥からラムネを太くしたようなフォルムの瓶を取り出し、中の液体を一気に注ぎ込んだ。
……沸騰によって鍋の底全体から生まれ続けていた泡が、深い青の液体に潰されていく。
私は軽くスプーンで鍋をかき回した。



うん、味と色は問題なさそうだ


先ほど入れた液体は、かき氷シロップ。
商品整理のために安売りしていたものを求めてきたのだ。
十分とろみがついたら、火を止めて静かに冷まし、まだ火傷するほどに熱いうちに、熱湯で消毒しておいた瓶に注ぎ込んで、それからしっかりと冷ます。



上出来だな


このシロップは、不思議と青ではなく透き通った緑色になる。
これが、私の作る様々な飲み物や料理に使えるのだ。
水で割って一口飲めば、レモンほどではないが心地よい酸味が全身に広がる。



……で





……私に、何か用か?


ちりん、と鈴が鳴った。
壁をすり抜けて現れたのは、二本の尾と桃色の斑(ぶち)をもつ黒猫だ。



つまらない。脅かしてあげようと思ってたのにね。





私の霊深度を知って、よくそんなことをしようと思えるな?





ふーん


黒猫は首を少しかしげて耳を動かした。



その、『霊深度』って呼び方よく分かんないのよね。
『霊感』じゃダメなの?





それとはちょっと違う。
霊深度は、霊との関わりの強さを表すもの。
霊深度が大きいと『霊感』を感じるようになるし、霊深度がさらに大きくなれば霊感も強くなる





ふうん。


猫が目をすっと細めて、急に壁から飛び退いた。



先生早起きですねー!
おはようございますぅ!


また派手に、こいつが壁をすり抜けてくる。



あ、タフィーちゃんだ!





タフィーじゃないわ。
タフィアヴェルベリー・トキサクラ。





カゲツ、静かにしろといつも……





あ、あれ? せせ先生





ん





なんで毒なんか溜め込んでるんですか!





?!






ちょ、調査します!!





おい、カゲツ





先生は黙ってて! 調べさせてください!





っ


カゲツの勢いに、私は気圧された。



まあ、良いじゃない。





トキサクラ! お前まで





私も見てみたいもの。お嬢さん、今日は何ができるの?





今日は……あ


カゲツは何かに引き寄せられたように、部屋を出てふらふらと歩き始めた。



毒の通った跡が、こっちに……寝室に続いてます


台所を迂回しながら、最後にカゲツがたどり着き、指さしたのは、寝室に置き去りになっていたコップだった。



水だったはず……何か入っていたのか?





うーん、水を汲んでからここまでの動きまでは……でも、台所にならまだ毒が残ってるかもしれません!


カゲツは台所へと急いで走ってゆく。



毒の通ったルートがわかるなんて、すごくマニアックで使いどころが難しい能力ね


黒猫もゆったりと後をついていった。



……あの水……ただ汲んだだけだったか……? いや、なにか昨晩したような気が





あれ……
何も感じない……?


カゲツは台所で立ちつくした。



ほかの食器や周りの物にも、昨日先生がコップを拭いた布巾にも、蛇口にも、なにも毒の残っている感じがしない……?





もう流れちゃったんじゃないの?





そんなことないよ、タフィーちゃん。
だって、その程度なら痕跡が『分かる』もん。
今日はそうなの





ふうん。





え、えと、別の経路から混入? も、もっと探せば……





毒、か。
言ってくれるな





先生?


カゲツは振り向く。
私は机の引き出しに大事にしまっておいた紙袋をカゲツに見せた。



すい、みん、
どうにゅう、ざい?





これが毒なら、主治医か薬剤師を疑わなくてはいけないな





え? どういうことですか、せんせい?


カゲツはひどく動揺しているようだった。



トキサクラ、これは毒か? 薬か?





……薬ね、一応





だろうな





で、でも、こんな、毒だって私には





薬っていうのは、どんなものでも多すぎると毒になる。
今日のお前は『低濃度の毒にも敏感』なようだから、これが毒だと認識したんだろう





そうなの?





安心しろ、これは薬だ。
……その能力、今日毒見の依頼でも来てれば役立てられただろうが、残念だな


カゲツの超感覚は、いつもこんな風にちょっとずれていて、あまり役には立たない。しかも、急に能力の内容が変わる。
きっと明日は、私が本物の毒を持ち込んでいても、全く気付かないだろう。
要らないと言われた、力だ。



そう……ですか……失礼しました……


カゲツはふらりと立ち上がった。
戸を突き抜けて、どこかへ消えてゆく。



…………





『先生』、ねえ?


カゲツがいなくなるのを見計らったように、黒猫はくすくすと笑った。



……あいつが勝手に呼び始めたんだ。強制はしてない





ふぅん?
で。


ちりん。
ちりん。
鈴が鳴る。
黒猫が目をのぞき込んでくる。



『先生』、どうしてそんなに、人体に害になるくらい強い薬を服用してるのかしら。それは本当に、睡眠薬?





さあな





薬を包むプラスチックとアルミの包み……PTP包装シートだったかしら?
カゲツちゃん、あれにも反応してしかるべきなのに、あれは見つからなかった。あなたゴミ箱なんかには捨ててなかったのね。
そんなに薬を服用してること知られたくなかったの?





……さあな


この黒猫は、眼を視て嘘を見抜くのだ。



一応言っておくけど、止めたほうがいいわよ。そんなものを飲むのは。その手の薬に依存するものじゃないわ。





ふん





まあ、あなたの語気にも勢いが戻ってきたみたいだし、干渉する気はないけど


気まぐれな猫は、来た時と同じようにふらりと帰って行った。



……だったら分かるだろう。
私には、もう薬はほとんど効かないんだよ


奥の部屋まで進むと、すぐにカゲツは見つかった。



おい


ソファーに背中を丸めてうずくまり、疲れ切ったように動かない。



寝ているのか


カゲツは、人間のようにまどろむことはなく、いつも深く長い眠りにつく。
こうなると、私に応えることはない。
それを承知で、私は問いかけた。



なあ、後悔してるか?
私にはこれ以上お前にしてやれることがないんだ






私たちは確かに存在を不必要とされたはぐれ者だ。





でも、お前も私も、存在を肯定してくれる相手はいる。
それじゃいけないのか?





……今日は悪かったな


霊深度の強い者だけが、幽霊の体、幽体に触れることができる。
私は、そっとカゲツの目元を指でぬぐった。
マイナス2
プラス5
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合計 プラス3
積算 プラス2
霊深度 残り???
