霊深度
霊深度
2の、



僕の結末


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CridAgeT



なんで、道が分かるの……?





さあ


僕と沙月はノートパソコンに向かい合っていた。パソコンの画面いっぱいにはちょっぴり粗めのドット絵が広がっていて、矢印キーを操作すると中央の少女らしきドット絵がその方向を向き、画面がスクロールされていく。
今は矢絣(やがすり)模様の迷路を通っていた。色つきのところならどこでも飛び移れるのだけれど、違う色がついているところの上を全部決まった順番で通らないといけないようだ。迷路を抜けて扉の前でENTERを押すと、扉は消えてしまった。



あ、これ移動ポイントじゃなくてアイテムだったんだ。これで20個目か





このゲームやるの、本当に一回目……?


パソコンに触れられない沙月は、隣から僕と画面とを交代に見ながらずっとこんな調子だ。



ところで、そろそろ教えてくれるよね? このゲームについて





『ゆめおどーる』


沙月は小さくため息をついた。



『霊感が強い人しかクリアできない』って言われてるゲーム





最初にいっぱい質問に答えたでしょ? あれで『どーる』の外見とか操作性、できる特殊アクションとか決まるの。すばる君の子は、SHIFTキーで手前の罠とかの効果をキャンセルできる、のかな?
まあ、ともかく、『どーる』になって、夢の世界を回ってアイテムを集めながらゴールを探すゲームなんだけど……





すばる君、なんでそんなに迷いがないの?





そんなことはない。迷路とかけっこう迷ってる





でも、なんというか……一度把握したところは次から迷いなく進んでるというか……トラップにも引っかからないし





トラップなんてあるの?


僕はなんとなくSHIFTキーを押した。目の前に落とし穴が現れる。進んでいたら落ちていたんだろうか?
ぼんやり考えながら、くるり、と迂回する。



ほらそういうところ!





『霊深度』が大きくなってから、なぜかこういうの、構造が見えやすいんだ。それに……





?





……いや、なんでもない


通路を進み終えると、また通路の始めのマップに戻ってきてしまった。無限ループだろうか。
もう一回、戻されてしまう直前まで奥へ進む。



…………


思いついて、さっき取ったアイテム『扉』を使うと、大きな扉が現れた。
扉の奥は、花畑のような場所。無事ループは抜けられたみたいだ。
いつのまにか手に入れていたアイテムの鍵を持って進む。



そういえば、沙月がやったときはどうだった?





私? んーとね、ちょっとウェーブがかかった短めの金髪。CTRLキーと方向キー同時押しで大ジャンプができてね、霊感はまあまあってとこだったかな。歩き方とか、アイテムを後ろ手に持つところなんかは同じだけど。
あ、これ、生きてたときね





……そうか


沙月が唐突に言うその言葉、彼女がもう死んでいるという事実。それに、僕はどうしても慣れない。



今は、どうだろうね? 今度やってみるから手伝って





はいはい


適当に答える間にもどーるは淡々と歩いていく。
「アイテムを後ろ手に持つ」という状態は、アイテムが使用可能な状態。この状態にしてからじゃないとアイテムは使えない。武器を装備しているような状態だ。
感覚としては、たぶん、「いつでも使えるよう持ち物をバッグから取り出している状態」だろうか。ライトなんかのときはこの状態にすると周囲が明るくなった。
マップ切り替えの時、目には見えなかったけれど
がちゃり
と音がした。たぶん鍵が使われたのだろう。偶然だけど、持たせたままにしておいてよかった。
次のマップは、また和風だった。暗い背景にくっきりと鳥居が浮かんでいて、飛び石らしきところを進んで近づいていく。



このマップは、神社か





ここも私がやった時にはなかったマップ! どーるの設定によって行けるマップまで違うんだ……


沙月はちょっとびっくりしたように言った。
鳥居の手前で、何かが現れた。それは近づく間もなく、消える。



! さっき居たのは、巫女?





さあ……


鳥居をくぐり抜ける前に、柱に近づいてみる。
触れた、と思ったら、一面が赤く染まった。



うわっ


その上を、どーるが自動で歩いていく。歩いた後には少しの間暗い足跡のようなものが残った。少し歩むとどーるは自動で止まった。



もう少し先に、何かある





???


僕はまっすぐどーるを進めた。
その地点で、どーるは立ち止まった。操作が効かなくなる。
と、赤い画面に黒い斑点が飛び、上からどろりと液体が垂れてくるように黒く塗りつぶされていった。



わっ


それはさらに広がっていき、下からも波のような黒が昇ってきた。



……黒に潰されない形があるね


いちめんが黒になり、隠れていた赤い形を一瞬見せた。



これは??


と、赤い斑点が画面に飛んだ。驚いている間に、すぐに画面は赤に戻ってしまう。



今の、文字列だったね





……もう何も起きない。戻るか





……あのさ





何?





その、やっぱり『さつき』って呼ぶの? なんかあの子のことみたいで落ち着かないんだけと


あの子、というのは、沙月に瓜二つの人間の少女のことだ。名前の読みも同じで、最近は『さつき』と聞くたびにそれが自分を呼んでいるのではないと自覚してしまい辛かったという。
そのカミングアウトを聞いたうえで、僕は彼女を沙月と呼んでいる。



今は君のことを呼んでるんだから、関係ないだろ?





……もう、ほんっとデリカシーない





そういえば私、これやってたとき全然クリア条件分からなかった





え?





ストーリーらしいストーリーがないでしょ、これ。どうしたらエンディングに行けるのか全然わからなくて、同じ場所何週もしたなぁ





……そう





分かる?





まあ…………なんでもない





まあ、ストーリーは分かったかも……なんて言えないな


沙月の顔を見て、言いかけた言葉を中途半端に飲み込んだ。



……さっきから思ってた通りだ。僕、相当おかしくなってるかもしれない





え?





さっき言ってたこと。なんで道が分かるのか、罠の前で立ち止まるのか。
……僕が作るなら、例えばここあたりに罠を置いたら効果的だろうと思う。道なりだし、たぶんみんなここでは油断する


SHIFTキーを押すと、落とし穴。少し進んでもう一個。あとはここにはない、これだけあれば十分だから。



例えば『僕と同じ考えの人ならこの状況でここに来てくれるだろうし、もし僕がどーるならこの扉を選ぶ』って、思う


迷いなくその扉の前に進む。決して目を惹くわけではないその扉の前でENTERを押せば、扉の向こうにマップが切り替わった。まだ行ったことのない場所だ。



最初からずっと、そうなんだ。どーるがこの状況に直面したらどうするか、僕がこんなゲームを作るならどこに何を配置するか……
『僕ならそうする』って考えて、動かしてきた





……





あんたって、けっこうサイコパス?





これって実はサイコパス診断だった?





いや、違うけど。……こういうときなんて言ったら良いか分かんない


沙月は妙な顔をして、うーん、と唸った。



すばる君の霊深度の状態について、なにか分かるかもと思ったんだけどな


鐘の音。
鳥の影が、どーるの上を飛んでいった。



ダメだ!


僕は鳥の影を追いかけた。



何が駄目なの?


鐘が再び、今度はさっきより大きい。見えない壁に突き当たったから、少し戻っては道を探して、とにかく進み続けた。指が滑る。緊張か汗か、ぬぐう暇なんてないのに。キーボードのガチャガチャという音がひどくもどかしかった。
そこにたどり着いたとき、僕にはすぐに分かった。
ここが、終点だ。
そして物語は、僕の到着を待たずしてその結末を決めてしまったのだ。
鐘が鳴った。
そして、何かが落ちる音。



何が起きたの……?





終わった。助けられなかった


間に合わなかった。それがシステム上どうしようもないことでも、僕の力不足でも。
クリアにしろバッドエンドにしろ、ゲームオーバーではなくて、物語は閉じようとしているのだ。
一番最初にどーるが出てきたときと同じ画面が現れた。どーるはただ立っている。



……とりあえずクリア記念にセーブしときなよ





まだ終わってない





え?





あそこ……神社の鐘だ、きっと


ヒント、だったのだろうか。僕は鳥居から通じた赤い世界の文章を思い返す。



どこかにあるはず……あ


そのとき、なにを目指してどーるを操作したのか、正直なところ僕は覚えていない。ほとんど無意識、だった。後で沙月に聞いてみたら、



何もなかったじゃん。ドット粗いからなにかあったら見えるって


と、言われてしまった。
ぱっ、と色が変わった。背景の一色だけで、まるで違って見える。



どーるが何か持ってる?


と、どーるが、それを背後に落とした。



……これって


紫の、鋏のようなものだった。どーるの体長ほどもあろうかというそれは、刃先が開いていて、少し奇妙な形だった。



!!!!!





え、ちょ、すばる君?


僕は驚きのあまり、大きく息を吸い込んだ、らしい。
条件反射。



ちょっと、過呼吸? 待ってよ、いきなりそんな


酸素が肺の中で暴走する。頭の中で疑問符がぐるりと巡る。
なんでこんなことになってるんだっけ?



……大丈夫?





ああ……ごめん、もう大丈夫


僕がマウスを握ると、セーブはできないらしく、画面は勝手に最初の画面に戻ってしまった。



……少し休む





そうしなよ


僕は、どさりと、ベッドに寝転んだ。



……


あの、鋏。
僕に差し出されたのだ、と思ったのは、さすがに考えすぎだろうか?
このゲームのどーるは後ろ姿しか見せてくれないから、分からない。少なくとも沙月はそれを否定するのだろう。多分、僕のように考える人も少なければ、そもそもこの画面までたどり着く人もほとんどいない。
そして、その人たちは多分、別のものをどーるに渡されるのだ。



だから、


だから、これは僕だけの結末。
