彼女は隣のクラスの一之瀬ひびき。
この学校の剣道部のマネージャーをしているという。



お願いします!剣道部の練習見に来てください!





断る





なんでよー!こんなに頼んでるのに!


彼女は隣のクラスの一之瀬ひびき。
この学校の剣道部のマネージャーをしているという。
どこで聞きつけたのか、僕が剣道経験者ということを知り、先週から休み時間ごとにこうやって押しかけてくる。



僕はもう剣道は辞めたんだ





それはもう飽きるほど聞きましたー。
だからせめて、練習見に来てって言ってるのよ!


断っても断っても、聞き入れてくれない。
たしかにその粘り強さは剣道向きだと思うけど……



全中個人戦優勝者がなんで剣道辞めちゃうのよ
とにかく諦めないからね!





紺野って全中優勝なの?





全中って何? それってすごいの?





全国大会優勝ってことだよ
全国の中学生の中で一番剣道うまいってこと!





でも、もうやらないからさ


昼休みの体育館に、人の姿はなかった。
この学校の剣道部は数年前にできたばかりらしく、専用の道場もないという話だ。
「イアーッ!」
「メェーンッ!」
一歩飛び、ふりあげた竹刀と振り下ろす。
稽古をしなくなってひと月とはいっても、小学校に上がる前から続けてきたことだ。体はさすがにちょっとやそっとじゃ忘れないらしい。
「イアーッ!」



あっ……


まさか人が入ってくるとは思わなかった。
僕は咄嗟に竹刀を離し、そしてそれはなんとも間の悪いことに、開かれた扉の方へ飛んで行った。



すみません、大丈夫ですかっ





えっと……


たしかに目が合った。
だけど、その女子生徒は僕の顔を見るなり、サッと体の向きを変え、そのまま走って行ってしまった。



大丈夫だったかな……





紺野ー、よかったらカラオケー……





今日こそは練習来てくれるわよね!





あっ……


一之瀬ひびきから逃げていると、今度は寺本先生に呼び止められた。



紺野君、入部届けの締切、今日だけど、書けた?





それが、まだ決めかねてて……





先生、紺野君は剣道部に入ります!





おい!





紺野結って一年、このクラス?


教室の位置口に立っていたのは、パーマのかかった長髪に、緩んだネクタイ、着崩した制服、と校則違反のフルコースのような少年だった。



君が昼休みに、七尾にケガさせた人?





……


そのチャラチャラした風貌の男子生徒は、つかつかと僕のところにやってくると、そう訊ねた。
視線を横に動かすと、彼の隣で肩を抱かれていたのは、昼休み、体育館で遭遇した女子だった。



紺野、何があったか知らないけど、その人は敵に回さない方がいいぞ!





えっ、誰?





二年の江里口洋だよ!
全校の女子から絶大な支持を集める去年のミスター夏見だよ!





ミスター夏見……?





ミスター夏見だかミスタードーナッツだか知らないですけど、紺野くんは今私と話してるんです!
部外者は出て行ってもらえますか!?





でも嫌がってるみたいだよ?
熱血剣道ブス





ブ、ブス!?





……





俺塾だから先に帰るね





お前いたの?





とにかく、俺は剣道部にだけは入らないから!


僕は一之瀬たくみにそう言うと、プリントを取り出し、その場で書き始めた。



佐藤、この学校で一番活動してなさそうな部活ってなんだ





えっと……生物部とかかな


僕は「生物部」と記入すると、それを寺本先生に渡した。
が、プリントは先生の手元には届かなかった。
寸前で、別の手に阻まれる。



ちょっと!





残念だけど、生物部は今年の春に廃部になったよ。そういうことならさ……


彼は僕の手からシャープペンシルを奪うと、「生物部」の上に斜線を引き、サラサラと綺麗な文字で何かを書き足した。



これでいいじゃん





たしかに紺野君に向いているかもしれませんね





えっ!?


部活名の欄に書かれていたのは、見慣れない言葉だった。
『縁日祓い部』
戸惑う僕を安心させるように、名前も知らない少女はこうほほ笑んだ。



私と一緒にお祓いやりませんかっ





宗教の勧誘だ……!


