提案する神薙の笑顔が逆に裏があるのではないかとどうしても疑ってしまう。そりゃあ手を組めば、それだけ情報の量が格段に増える。幅も広がるし時間も短縮できるし、至れり尽くせりだ。



私と手を組みませんか?


提案する神薙の笑顔が逆に裏があるのではないかとどうしても疑ってしまう。そりゃあ手を組めば、それだけ情報の量が格段に増える。幅も広がるし時間も短縮できるし、至れり尽くせりだ。
しかし、その反面どうだ。今までろくに話さなかった相手が急に話し合えば、少し注目される。しかも、それが異性ともなればもっとだ。



悪いけどそれは無理かな……たまに情報交換をするくらいなら良いけど……





そうですかぁ……それは残念です


どう考えてもこの話、メリットよりデメリットの方が大きい。情報を手に入れるより、目立って犯人に警戒されることは大きな損失だ。
そんな考え、彼女にはお見通しだったのか、クスクスとすぐに笑みを浮かべた。



でも簡単には引き下がりませんよ





えっ……





携帯の番号とか教えて頂けませんか?


なぜここでそんな話になるのか分からなかった。教える分には構わないが、それを利用して悪用してきそうな気がしてならない。



別に変な目的で利用しませんよ


表情に出てたのが、彼女はきっぱりとその利用目的を明確に伝えた。



いちいち会いに行くのも大変ですし、電話の方が楽かなぁと思いまして


確かに電話の方が隠れて話す分には良い。こうやって他人の前で話していらぬ誤解を抱かれる心配もないからだ。



分かった


こうして、俺と彼女は連絡先を交換した。周りから見えないようこっそりと紙に書いた番号を互いに手渡す。



では私はこの辺で失礼します


彼女はそう言うと、自分の席へと向かっていった。右手には彼女から渡された電話番号の紙が書かれている。こんな提案をするくらい積極的な奴なんだなぁと思いつつ、俺はポケットに紙をしまう。



今日の調査は國澤に絞ってみるかぁ……


事件現場付近にいた女子生徒、國澤 真奈美(くにさわ まなみ)。犯行が可能であり、この中でも一番容疑者として近い存在。
彼女には悪いが、犯人として考えた方が俺の中でも一番当てはまる。だからといってそれだけで彼女を犯人扱いにはできない。



昼、声を掛けてみようかな





嫌だ……


俺の繊細な心にピキンとヒビが入った気がした。
時間はお昼時。クラスメイトが各々食事場所を求めて散る中、國澤が自分の机で一人弁当を広げようとしていた。そこに俺は話しかけ、一緒に飯を食べないか? と声を掛けていたのだ。
國澤は眼鏡越しから俺に迷惑だと言わんばかりに眼で訴えかける。無論、そんなことは承知だ。



でも、一人より他の人と一緒に話して食べた方が楽しいよ?





散々私のことを犯人扱いしている人達とどう楽しく食べるの?


國澤の言う通り、彼女はあの事件があって以降、他のクラスメイトから冷ややかな視線を送られ続けている。当然、彼女も身の潔白を証明したが、あの場で信じる奴は僅かだったと思う。



だから俺が楽しく食べようって誘ってるんだよ。俺は少なくとも國澤さんがそんなことをやる人だとは思ってないから





たったそれだけ?


彼女の言う通り、たったそれだけの理由でしかなかった。だけど、たったそれだけで彼女がどんな人間なのかは俺は知っている。
努力家、人情深い、正義感、そんな姿を俺は何度も見ている。そんな彼女が、誘拐なんていう卑劣なことはできるはずがない。



うん


力強く頷く俺に、彼女はハァ……と重い溜め息を吐いた。そして、ぎろっと視線を鋭くして俺に向けてこう言った。



バッカみたい、よくそんなことが言えたわね。この偽善者……





…………ッ!?


彼女はそう言うと、視線を手元の弁当に向け、包みを開封し始める。もうこれ以上話すつもりはないらしい。
俺は何も言わず自分の席へと向かい、弁当を手に取ると、教室を後にした。
教室を出て、屋上の方へと向かうが足取りがどうも重い。やっぱりさっきの言葉が相当堪えたと思う……。
廊下をすれ違う生徒を眺めながら歩いていると、背後から負のオーラがひしひしと感じた。後ろを見るまでもなく、その元凶が声を掛ける。



あの女ァ、ここが霊気で溢れている場所だったら、その舌引っこ抜いてやったものを……





とんでもねぇなぁ……


物騒なことを考える神様に寒気を感じつつも、俺のことを思ってくれる優しさに素直に感動した。ただ、彼女がああなってしまったのも自分の責任でもある。
もっと早くに声を掛けていれば彼女は一人ぼっちにならなかった。それどころか、もっと良い状況に持ち込めたのかもしれない。だから今度こそは、彼女を一人にしない。



その為にはどうしたら……


そう考えているうちに、気が付くと屋上の前の扉まで来ていた。思考を巡らせ、どうにか足りない脳みそと搾りカスのやる気で粘りながら、屋上に入っていく。



おう、草ケ部。遅かったな





ちょっと女の子に声を掛けてて遅れた


すると、友原が表情を一変させた。



最近のお前なんかおかしいぞ? とうとう暑さに頭やられたか?





お前……人を何だと思ってんだよ……


そう言いながら、俺はいつもの定位置に歩み寄り、座る。青々とした空の下、俺は弁当とは別に持ってきておいたレジ袋の中を開けた。



で、その女の子はどうなったの?





どうだって良いだろ……


袋の中から今日購買で買ってきたパンを取り出し、封を切る。



いやぁ、友人として気になるじゃん。そういう話題


パンを頬張り、ペットボトルの蓋を開け、そのまま口の中へと流し込む。口の中が大体空っぽになったことを確認すると、俺は友原の方へと視線を合わせずこう言った。



玉砕だよ玉砕。ボロクソに言われた





ああ、まぁそうだろうと思った





コイツ……


相変わらずの口調で俺を軽く煽りながら、友原も自分のパンにかぶりつく。



にしても俺、お前への見かた変わったわ。今までそういうこと絶対しなさそうな奴だと思ってたのに昨日に限らず今日もやるなんてな





…………


あ、別に悪い意味じゃないぞと付け加えながら友原は引き続きパンを食べ始める。そんな彼の横で、俺は友原の言った言葉が引っ掛かっていた。
特に『見かた』のワードが今回の國澤の立ち位置を大きく変える可能性があるような気がする。



考えろ……考えろ……


その時、ふとある一人の人物の言葉が頭の中に響く。



視点を変えろ


頭の中に直に電流を流し込まれたかのような衝撃が走った。それは何とも無謀で決して巻き込まれたもの全てが得をするような考えではなかったが、見つかった。
彼女を救いだす手段が……。



だがその前に……


視線を横で呑気に飯を食っている友原へと向けた。それとない笑顔で普通の会話をするように俺は声を掛ける。



友原





どうしたお前……なんか怖いぞ


断られるリスクがあるがこの作戦には協力者が必要だ。だから友原、悪いがお前には協力者になってもらう。



女の子の前で良い格好見せたくないか?


翌日。午前の授業が終わり、昼飯の時間になった。クラスの中でがやがやと賑わい始める中、國澤は相変わらずの暗い表情で机を見つめている。



國澤、悪く思うなよ。このまま調査の進展がないのは俺だってキツイ


彼女に謝罪の言葉を心の中で述べながら、アイツへと視線を投げた。



…………


友原もこちらに視線を向けていてこちらの合図を待っている。その表情は明らかに不安げで、動揺さえ窺えた。まぁ、無理もないだろう。だって、今回の作戦で一番損害が大きいのはアイツなんだから。
話を聞かせた当初は断られたものの、必死にこの作戦の魅力と友人としての俺の頼みをふんだんに使い、ゲームソフト一本で手を打つこととなった。もちろん、失敗した時のこともちゃんと俺がカバーすることになっている。



頼むぞ……友原……


そう祈っていると、クラスメイトが続々と立ち上がり始めた。それが作戦開始の合図となった。



あのさぁ、ちょっと聞いてくれる?


友原が席から立ち上がり、そう言った。その声は案外クラスの中に響き、あれだけ騒がしかったクラスの皆が黙って友原へと視線を集中させる。
友原は席から教卓へと移動し、皆に顔が見えるようにする。彼の表情は落ち着き払っていて、教卓に手を着くまで冷静だった。



八月十九日。浪木が誘拐された日だけど、まだあの時のこと覚えてる奴いる? いたら頭を縦に振ってくれるだけで良いから教えてくれ


すると、頭を縦に振る生徒が大勢現れた。一通り見渡すと友原はありがとうと言い、話を続ける。



この中に犯人がいるって考えている奴が大多数だと思う


友原は続けてこう言う。



俺もその考えには賛成だ。わざわざ学校に侵入してまでさらう誘拐犯はいないだろ


俺はふと視線を國澤へと移動させた。



…………


彼女は尚も視線を落として、黙っている。どうせヘイトの矛先が自分に向かれるのだろうと察しているのかもしれない。
ああ、確かにこれは誰かにヘイトを集めるスピーチだ。



犯行現場の近くにいた國澤もやろうと思えばやれたかもしれない


ただし、ヘイトを集めるのはお前じゃない。



だが、逆にあの場にいなかったものも犯行は可能じゃないか?


友原は犯人であろう相手に視線を送り、高らかに宣言する。



草ケ部 蒼汰が犯人である方が確率的に高いだろ


そう、これが國澤を救う手段。あの場にいなかった俺だけが影から移動し、浪木を誘拐したとでっち上げれば、疑いや悪意は俺に向く。完全ともいかないが、これで國澤は多少マシな生活が送れると思う。
いや、そう思っていた。



面白い考えです





…………ッ!?





…………!!


そう言いながら神薙が席を立った。これには俺も想定外だった。いつもあまり話さない神薙がこの公の場で口を開くとは夢にも思わなかったからだ。
さすがの友原も少し顔に困惑の表情を浮かべていた。



ですが、その場にいなかった人物を疑うなら他にもいますよ?


彼女の言いたいことが分かった瞬間であった。体中に鳥肌が立ち、自分の瞳孔の大きさが変化した気がする程に、神薙はとんでもないことを口走らせようとする。



おいバカやめろ! それを言ったらめんどくさいことになる!


俺は慌てて席を立ち、彼女の口を塞ごうと行動に移すが既に遅かった。



南方先生です


