盛大な音とともにお菓子の箱が床に散らばった。
盛大な音とともにお菓子の箱が床に散らばった。



ありゃ、落ちちゃった





落としたんでしょ!





違うもん。勝手に手から箱が落ちてったんだもん





箱は動きません!


ゆかりが落としたチョコレート菓子の箱を要は慌てて拾う。



もうこれで何回目だよ。っていうかこの箱間違ってるし





あれー? おっかしいなー?





本当に悪いと思ってる?


要の気持ちを理解するために始まった苦手なことに挑戦しよう、という思いつきは要の予想通り少しもうまくいっていない。



富良野さん、一応バイトでは俺より先輩だよね?





そうだよ。もっと尊敬してくれていいんだよ





できないよ! 俺が今教えてるところだよ





サボりならうまい自信あるんだけどなぁ





それは仕事って言わないから


溜息をつきながら要はもう一度いっぱいになった段ボール箱を持って休憩室に向かって歩き出す。



あ、もしかして休憩?





違うよ! これからへこんだりしてないか確認するの!





そのくらいあたしは気にしないのに





気にするお客さんもいるの





だってあたし


と言ってゆかりは言葉を切る。
苦手なことをやろうというのに苦手だからと断っていては世話がない。



ううん、なんでもない


休憩室に戻ってくるとジーナが苦虫を噛み潰したような顔で迎えてくれる。



おつかれさま。休憩?





違うよ。箱が落ちちゃったから、へこんでないか確認するんだって





だから落としたんでしょ!





そうなんだー。大変ねー





って、やっぱりこの話し方嫌ー!





できてるじゃん





できてるね





……





今やってるやないかーい!


休憩室の隅でうずうずと待っていた秋乃が一つテンポを遅れてツッコむ。



うーん、まだ私には瞬発力が足りません





そのうち慣れるよ


ジーナはお嬢様言葉を使わない。秋乃はツッコミに挑戦する、ということに決めてこうしてそれぞれに頭を悩ませている。



そもそもジーナさんってお嬢様言葉の方が無理して使ってるんじゃないの?





日々の努力で身に付けたものは早々簡単に治らないものなの! こんな子供っぽい話し方なんて私には似合わないし





今治ってるじゃん





それはあんたたちが私を怒らせるからだー!





素晴らしい瞬発力。師匠と呼んでもいいでしょうか?





呼ばないでいいわよ!


箱の中身を畳の上に広げて、要とゆかりが一つずつ傷がないかを確認していく。



ちょうどいいじゃん。師匠になっちゃえば?





俺だけマスター、って呼ばれるのもなんだし、いいと思うけど





なりませんわ!





あ、ジーナお嬢様言葉! マイナス一点!





何の点数だよ


店の方から入店音が聞こえて、要が立ち上がる。



よいしょ、っと





ちょっと待った!





何?





今日はいつもと違うことするんだから要くんは出ちゃダメでしょ





いや、でも他に出るとしたら秋乃さんだし、秋乃さんもとっさの問題には対応できないし





あたしがやる!





私も行く。ゆかりじゃ頼りにならないし





ものすごく心配なんだけど





いいじゃん。要くんっていつも働いてるから休むっていう挑戦!





胃が痛くなりそうだよ


秋乃を先頭にわらわらと群れをなしてゆかりとジーナが店頭に出ていく。
残された要はチェック途中の菓子箱に目を落として気にしないように作業に手をつけた。



いらっしゃいませー





いらっしゃいませー


店の奥からぞろぞろと出てきた少女三人に客がびくりと跳ねる。
本来なら女の子三人が相手なんて少しラッキーくらいに思えるかもしれないが、ここではその常識が通用しない。



あぁ、あ、いつものお兄さんは?





要様を知ってらっしゃるんですか?





か、要様?





マスターはただいま別作業中です





マスター!?





そういうわけなんで気にしないでね





気になる、けど怖い。あのお兄さん安全だと思ってたんだが


レジに並んだ三人娘に警戒しつつ客は店内を回りはじめる。
要のときなら安心と思っていたはずなのに予想外の出迎えを受けて混乱しているらしく、動きが機械のようにおぼつかない。



もしかしてあの方もアンドロイドなのでしょうか?





そんなわけないでしょ





あーあ、それにしてもじっと立ってるなんてむずむずする





まだ一分も経ってないけど





不要な稼動部を停止すれば簡単ですよ





それはあたしにはできないから


ゆらゆらと左右に揺れ始めたゆかりの動きが徐々に大きくなってくる。



ちょっとゆかり。気味悪いからやめなさいよ





だってー。ちょっと楽しくなってきたし





確かに楽しそうです。私もやりたいです





やらなくていいから





やっぱり要様がいないと収集がつきませんわ


ゆらゆらとゆかりに合わせて揺れだした秋乃を止める手段をジーナは持っていない。



というか、ゆかり! あなた口から煙が出てる!





え、嘘。だるいからからなぁ





ぼーっとしてないで口閉じなさい!


ジーナは慌ててゆかりの口を押さえるが、ウイルスでいっぱいになった紫色の煙はジーナの小さな手では抑えきれない。



すみません。あの箱に入ったチョコレートのお菓子って、って!





あ、それなら今マスターが箱に傷が入ってないか確認を





ゆ、幽霊だー!


ゆかりの口から漏れる人のものではない毒々しい色に客はすぐさま出口に走り、肩がドアにぶつかるのも気にせず逃げ帰っていった。



あれ、帰っちゃった





あなたが追い返したんですのよ





あ、ジーナまた減点だ





もうやめにしましょう


ジーナが溜息をつくと同時に後ろから見守っていた百手の溜息が重なった。



みんな成長したと思ったけど、まだまだ高橋くんがいないとお店はダメみたいだね





そうですわ。やはり誰にでも得意不得意はありますもの


全員がぞろぞろと休憩室に戻ってくると箱のチェックを終えた要が店頭に持っていこうとしているところだった。



あれ、もうお客さん帰っちゃった?





帰ったというか帰したというか





なんかやらかしたんだね





マスター、ゆらゆらと揺れるのはとても楽しいということがわかりました。お仕事は楽しいですね





それ仕事じゃないよ!





あぁ、やっぱりこれだよ。要くんにはこれが一番の仕事だよ





そうですわね。これが一番落ち着きますわ





マスターのツッコミが一番です





なんだかなぁ


たった数分レジの前に立っていただけなのに、ゆかりたちは富士山でも登ってきたかのように休憩室に倒れこむ。その姿を微笑ましく思いながら、要は店頭に向かって歩いていった。
