と、司書室の奥のほう、表に出していない本を保存する保管庫の方から、女の人の声が響いた。



いや、召喚されたから、ではなくてじゃ





うーん、それ以外言い様がないのです





本来の仕事はどうなったんじゃ。アカシック・レコード、もとい星霜の書は記録せねばならんじゃろう?





いえいえ、私は分霊体(わけみたまからだ)なのです。本体のはいまもせっせっせーと記録しているのです





分霊体、じゃと? そんな宇迦の小娘じゃあるまいし





今この世界にいる神様はだいたいが分霊体ですよ?





はいい、そうなんですよ





そ、そうなんじゃな





ええ、神様本体を持ってこれるほどの召喚は召喚器が耐え切れませんし、
それに召喚できたとしても、影響度が強すぎて世界が狂ってしまうので





なので、分霊体が基本なのです。特に名のなる神様や、概念となるとそうならざるを得ないのですよ





なるほど、なのじゃ





まあ、分霊体といっても、出力する限界が違うだけなので、本質と役割は同じです





そうなのです。なので、過去見ちゃってもいいです? 索引だけでもできると、おもしろい本を紹介……





だめ、リピカ


と、司書室の奥のほう、表に出していない本を保存する保管庫の方から、女の人の声が響いた。



えー、歩香、ひどいです





な、なんじゃ?


驚く穂波さまが向く方から、黒いブラウスに赤いカーディガンを来た赤いメガネが印象的な女性が這い出てきた。



ああ、歩香さん。こんにちは





や、少年。今日も元気にご本読んでるかい?





ええ、ほどほどに。またそこで寝てたんですか?


少しぼさっとした髪を見て、僕は尋ねる。



そ、流石に四本翻訳してたら意識ぶっ飛んでた


はっはっは、と快活に笑う歩香さんは、凄腕の翻訳家だ。
スピードもさることながら、言語の歴史、その本の脈絡、作者の意図を受け継ぎながら、現代の日本語に落としこむのが上手いと評判だ。
書籍限定だけど。



相変わらずですねー


僕もはは、と笑う。



歩香ー過去みたいですー


リピカさんはすたたた、と歩香さんに近づき、涙声で訴えていた。



だめ。あれやるとあんた面白がって数日戻ってこないくせに


すぱっと却下。さすがだ。



歩香はずっと本読んでるじゃないですか





だって、これは私があんたに願ったことじゃない





そうですけど


リピカさんはそれでも納得していない様子だった。



誰じゃ、こやつは


そして、事態をよくわかっていない穂波さまのターン。



ああ、この人は





おっと、私は自分で名乗るよ、少年。どうもはじめまして、私は湯崎歩香。このリピカの神付きさ





なるほど、お主がそうなのか





で、あなたは穂波山に居た神様だね? やっぱり狐神だったか





な、なぜ分かるのじゃ!?





なぜって……全部読んだから?





何をじゃ?





ここらへんの郷土史全部、一通り


素っ気なく、歩香さんは答えた。
歩香さんは本の虫だ。
なにせ、リピカさんを召喚する時に願ったことが
『一生、本を読んで暮らせるようにしてくれ』
なのだから。
