どうやって香奈恵のマンションまで来たのかも覚えていない。



はぁ……はぁっ……


どうやって香奈恵のマンションまで来たのかも覚えていない。



アレは……夢だったのか?
それとも幻……?


頭の中で、肉塊となり歪んだ笑みを浮かべるアザミの顔がちらついた。



大丈夫……きっと大丈夫だ……
誰もオレがアイツを押した所を見ていなかったはずだ……
きっと……大丈夫


何度も何度も心の中で呟く。
その時



……!?


携帯の音にすら体がビクリと反応してしまった。



宮田からだ……


さっき途中で切ってしまったからだろう。
でも今は、落ち着いて話せそうにない。
その電話にはあとで掛けなおす事にして、オレは彼女の部屋へと向かう事にした。



……どうしたの?


部屋の扉を開けてオレを見るなり、香奈恵はひどく驚いた表情をした。



なんだか顔色が悪いけど……





だ、大丈夫だよ……
それよりほら、食い物買って来た





ありがとう
……ねぇ、ホント? ホントに大丈夫?





あっ……ああっ……


香奈恵に心配を掛けてはいけない。
なんとかいつも通りにしなければ……。



今、お茶を入れるから待ってて?


香奈恵は親が用意してくれたというこのマンションで一人暮らしをしている。
実家はカナリの資産家らしい。
しかし、彼女はいわゆるお嬢様というイメージとは違い、意外と自立していてしっかりしていて、そんな所にオレは魅かれたのだ。
彼女に促されてソファに座ると、何げなく付いたままのテレビを観た。



今日午後、大型トラックが女性を巻き込み衝突した事故で……





…………あっ


全身に嫌な汗が吹き出した。



即死した被害者の女性は身元不明……


やはり、アレは現実だったんだ!!



運転していた男性も、意識不明の重体でしたが先ほど死亡し……





良かった……


少しほっとした。
悪い事だとは思ったが、もし運転手に見られていたらと思うと不安で仕方がなかった。
一つでもそれが消えた事は罪悪感より安堵感のがあった。



いや、元々アレはオレのせいじゃないんだ……アノ女が……





今日、泊まっていくでしょ?





……えっ? あぁっ……





良かった……
一人だとなんだか不安で……


それは久々に見た香奈恵の笑顔だった。
どのくらい時間が過ぎたのだろう。
カチコチという時計の音がやけに耳障りで、何度も寝返りをうった。
気を抜くと頭の中ですぐに昼間の出来事が脳内に再生され、また吐き気が込み上げてくる。



違う……違うんだ……
アレは絶対にオレのせいじゃない……
アノ女だアイツが全て悪いんだ……


ただひたすらに、闇の中で罪悪感と戦っていた。
その時──



うっ……うぅぅ……


微かな声が部屋に響いた。



うっ……ううぅっ……


声はオレの隣で眠る香奈恵からだ。



うううううぅ……


うなされているのか?
オレは起き上がり、香奈恵を揺すった。



香奈恵……?
おいっ……香奈恵……


オレの声に反応して、香奈恵はゆっくりと上半身を起こした。



ねぇ、どうして……


香奈恵の表情は髪で影になりよくわからない。



なに?
どうした?





ねえっ……





香奈……恵……?





どうして……………? 私を殺したの……





ひっ……!!


オレは思わず、ベッドから派手に転がり落ちてしまう。
その時発した
という音が静かな部屋ではやけに大きく聞こえた。



……どうかしたの?


ベッドの方を見ると、部屋には明かりが灯りいつもの香奈恵が心配そうに覗き込んできた。



香奈恵……か?





大丈夫?


オレは大きくため息を吐いた。
馬鹿馬鹿しい……。
あんな事ばかり考えてるから幻覚なんか見たり聞こえるんだ……。



ああ、ゴメン……
起こしたか?





ううん……
私も怖い夢を見て起きちゃったのよ……





怖い夢?





うん……スゴく怖い夢……
……まるで現実の事みたいで……


香奈恵は、そう言うと夢の話を始めた──



ここは……?


気が付くとね、どこまでも続いている暗い廊下にいるの。
私、不安になって誰かいないかその廊下を歩いていくんだ。
そうすると──
女の人が立っていて……



シデノクニヘの行き方は……


そう言われたの。
女の人は知らない人、黒くて長い髪で顔は見えないけど、うっすらと口角の上がった唇が見えた。
そして、また……



シデノクニへの行き方は……


私はその時、この先をなんだか聞いてはダメだって思った。
それはどこからともなく沸き上がる恐怖心、そして危険だと告げる直感のようなものだと思う。



聞いてはダメ! 聞いては……


耳を塞いで廊下を走った。
怖くて怖くて仕方がないのに、足はなかなか言うことを聞いてくれない。
そして私は足をもつれさせ、その場で躓き廊下に倒れ込んでしまったの。
ふっと……、俯く私の目の前の床に影が出来た。
顔を上げると……



………………………………


目の前には女がいた。



シデノクニへの行き方は……





いっ、イヤ……
聞きたくない……





シデノクニへの行き方は……





聞いてはダメ……





シデノクニへの行き方は……
公園へ続く道、丸く青く浮かぶモノ、空から降る骨……そこがオマエのシデノクニ……





……いっ…イヤ……





そう言われて目が覚めたの……





シデノクニ……?





うん、確かにそう言っていた……





シデノクニ……


なんだ? この胸騒ぎは……?
