少年は花畑にいた。
とにかく少女をあの男から引き離さなければいけない、そんな漠然とした使命感に駆られて走った少年の足は自然とここへ向いていたのだ。
まぁ、少年が知っている場所と言えばこの花畑くらいなものだから、当然と言えば当然だが。
少年は花畑にいた。
とにかく少女をあの男から引き離さなければいけない、そんな漠然とした使命感に駆られて走った少年の足は自然とここへ向いていたのだ。
まぁ、少年が知っている場所と言えばこの花畑くらいなものだから、当然と言えば当然だが。



へ!? ここは……





すまない、加速魔法を使った





ま、魔法!?


少女には瞬間移動のように感じられただろう。驚いて辺りを見回す少女に少年は軽く謝罪を入れた。
魔法と聞いて少女が叱るように、悲しそうに言う。



どうして! 魔法なんて使ったら貴方……





すまない。でも、君に迷惑はかけない


少年は少女を突き放すように告げた。冷たくとがった少年の声に、少女は身をすくめる。
自分を守るために魔法を使わせてしまった、と思う申し訳なさもあいまって少女は黙り込んだ。
気まずい沈黙。
もっとも、気まずいと思っていたのは少女だけなのだが。
その気まずさに耐えきれなくなって、少女が口を開く。



……ここ、私の母の秘密の庭なんですよ。いつも仕事帰りに寄ってたみたいで、私も何度か連れてきてもらいました。綺麗ですよね、たくさん花があって、いろんな花があって


少女はおもむろに木の根元に腰を下ろした。
少年もそれに続き、少し離れた場所に座る。



……先日、母はこの近くで殺されたんです。でも母、笑ってた……殺されたのに笑ってたんです。私、お母さんがいなくなったら……一人っきりになっちゃうよ…………





…………





ご、ごめんなさい、魔法士さんには関係ないのに。





いや……


少年の脳裏に少女の叫び声がよみがえった。この小さな体から出たとは思えないほど悲痛な叫び。
少年の胸が痛みを訴えた。心臓を握りつぶされるような感覚。



まただ。身体損傷はない。痛覚の誤作動か? それにしては頻度が多すぎる……





魔法士さんは、辛くないですか?


何やら考え込んでいる少年に、少女が声をかけた。



辛い……?





魔法士さんは、二次魔法士なんでしょう? 生まれた時から従軍を強いられてるって聞きました。家族もいなくて、街の人からは化け物扱いされて。辛く、ないですか?





辛い、か


少年に感覚はあっても感情はない。痛いと感じても、辛いと思うことはない。
痛いと感じることは危険回避のために重要だが、辛いと思うことは体の反応を鈍らせるだけだ。少年には必要のない機能だったのである。



この痛みを感じた時、人は辛いと思うんだろうな





魔法士さん、どこか、痛いんですか?





あぁ。だが、辛いとは思わない。俺には感情という機能がないから





感情がない、なんて……


少女が悲しそうに言う。なぜか少年の胸が締め付けられた。ぎゅうっと胸を押されるような、握られているような。



痛かったら辛いんです、苦しいんです。
きっと、感情がないって思わされているだけ……。私と、見つけませんか? 貴方の心を——





感情がないって思わされてるだけなのよ。私と見つけましょう? 貴方の心を


テイマーと少女の姿が重なる。この花畑で、同じことを。
少年の胸が、ふと軽くなったように感じた。



そう、だな……


そろそろ時間だ、と少年は立ち上がった。
少女が少年を見つめてほほ笑む。



はい! また、会いましょうね。私、百合音(ゆりね)って言います。魔法士さんは?





名前は、……ない。適当に呼んでくれ。じゃあな


そう言い残して、少年は走り去った。少年の後ろ姿に百合音が声をかける。



名前、考えておきますね!


