ガッツポーズをした私にチーシャが視線を真庭さんに向けていった。彼女の悪夢を倒したはずなのに彼女はまだ眠ろうとはしない。



よし、一件落着





まだだよ





え?


ガッツポーズをした私にチーシャが視線を真庭さんに向けていった。彼女の悪夢を倒したはずなのに彼女はまだ眠ろうとはしない。



彼女がきちんと眠るまでが仕事だよ、朝華





ふふん





な、何?


それに関してはもう考えてある。私だって眠れない夜くらいある。そういうときにはいつもこうして眠気を待つのだ。



イイユメツール!


両手で受け取るように生み出した道具をてのひらに乗せた。小さなオルゴール。中には小屋と柵、そこから可愛い羊がゆっくりと一匹ずつトコトコ歩いてくる。



それは?





さ、寂しい時はこれを見ながら羊を数えて眠るの! 悪い!?





いや、悪いことはないけど、君は魔法少女で……





大丈夫、ちゃんと夢の力を使ってるから


私は自信満々でオルゴールの中を歩く羊の人形を指差した。



これがこっちの小屋に入ると、なんと中に空間転移魔法が仕掛けてあって、元の小屋の中から出てくるの。どう、すごいでしょ?





何それ、超無駄! 無駄マジカル!





とにかく、はい。これできっと眠れるはずだから


えぇ、と困惑の顔を浮かべるチーシャを無視して、私は自信満々に真庭さんにオルゴールを手渡した。流れるメロディはクラシックの、えっとなんだっけ?
真庭さんは半分閉じた目で羊がトコトコ歩いていくのをじっと見ている。



……


羊が一匹、羊が二匹。



これ、本当に寝てくれるのかい?





た、だぶん、たいじょうぶ





ダメそうだね


羊が十匹、羊が一五匹。



……





うぅ、ちぇすとー!


首元に一閃。



延髄手刀打ち!?


かくん、と真庭さんの体が揺れて柔らかな草原の上に体が投げ出される。



Zzz……





ちょ、ちょっと





大丈夫。眠るだけになるように想像して打ったから





結局物理に頼るのか、君は


今日何度目かわからない溜息をついて、チーシャは真庭さんの顔に近付いた。長いまつ毛の瞳を閉じて小さく寝息を立てている。
うん、もう大丈夫みたい。



あっ


意識が体から吹き飛ばされる。真庭さんが目覚めたのだ。彼女の夢の世界はこれで終わり。その上に作った私の想像の世界も消えて、現実の自分の体へと戻っていく。
さやさやと白いカーテンが揺れていた。誰かが保健室の窓を開けたのかな? 私はボサボサになってしまった髪を手櫛で梳きながら、私は隣のベッドの方へと近づいた。



いない。もう帰っちゃったかな?


それとも文芸部の部室に帰って、小説の続きを書いているのかもしれない。あんな夢を見るくらい頑張っているのに、まだ続けるなんて。真庭さんのパワーの一部でももらえたら、私も変われるのかな?
疲れてきたから寝たはずなのに、寝る前より余計に疲れたかも。夢の中とはいえ大暴れしてるのがいけないのか。現実で溜まったフラストレーションを発散している自分を思い出すと、顔が熱くなってくる。



私ももう帰っちゃおうかな


寝ても眠たい目を擦って、私はゆっくりベッドから起き上がって自分のノートが置いてある机に近付いていく。
保健室に一つだけ移動してきた学校の机。本来なら二階にあるはずの私の席。クラスに馴染めなくて教室から逃げ出してきた私に唯一ついてきてくれたもの。その上に。



あ、忘れてた


今日は課題の前に休むつもりでベッドで眠ってしまったのだ。開いた問題集にペンケースを乗せて、その下には英語のノート。もちろんまだ半分ほどが白いままで。
白い壁にかかった白いアナログ時計に目をやる。板井先生はまだ戻ってきていないけど、時間は意外に経っていた。



ど、どどど、どうしよー!


板井先生から出された宿題はいつも時間いっぱいかかるもの。ちょっとしたお休みが命取り。慌てて席に座って問題にとりかかるけど、これはきっと間に合わない。



やっぱり寝ちゃダメだったー。間に合わないぃ


助けて、巨大締め切り遵守強要ロボ、デッドライン!
そんなことを願ってみても助けてくれるわけもない。今夜は私も締め切りの悪夢を見そうな気分だった。



まったく、君は計画性がないね


どこかからチーシャの声が聞こえた気がして、私はむっとしたまま問題集に目を走らせた。
