休日で賑わうファミレスに、突如として誰かの悲鳴が響き、次第にざわめきが広がっていく。
そんな中で、お互いに顔を見合わせた探偵部員たちは、弾かれるように席を立って悲鳴が聞こえた方へと駆けていった。



うわぁぁああぁっ!!


休日で賑わうファミレスに、突如として誰かの悲鳴が響き、次第にざわめきが広がっていく。
そんな中で、お互いに顔を見合わせた探偵部員たちは、弾かれるように席を立って悲鳴が聞こえた方へと駆けていった。
一方、あまりに突然すぎて完全に出遅れた僕はと言えば、ぽりぽりと頬を掻いてからのそのそと彼らの方へと向かった。
そうして到着してみれば、そこにはすでに野次馬の壁が出来上がっていた。
その野次馬の壁をぐるりと巡ってみたけれど、先に行ったはずの奈緒たちの姿はない。
いったいどこへ、と首をかしげる僕の耳に、野次馬の中心のあたりから聞きなれた声が届いた。



唇がチアノーゼを起こしてる……
呼吸困難が原因みたいね……





食べ物をのどに詰まらせた……とか?





テーブルの状況を見る限り、それはないっすね……


どうやら奈緒たちは騒ぎの中心にいるらしい。
そう判断した僕が、野次馬をかき分けて声の方へ向かうと、そこには果たして僕の予想通りに彼らがいた。



あ!
先生!


僕に気づいた奈緒が、顔を綻ばせながら手袋をはめた手で手招きしてきた。
恐る恐る近づきながら、小声で問いただす。



みんな何やってるんだよ!?





何って……
現場検証に決まってるじゃないですか
野次馬とか店員に現場を荒らされる前に調べることは調べておきたかったし……





特に死体は動かされると正確な死亡推定時刻が判断できなくなりますし……





死体……?


呟きながら、机に突っ伏して眼を限界まで見開いたままぴくりとも動かない男性に目を向ける。
紫色に変色した唇の端から涎を垂らし、その瞳からは生物が宿すべき命の光が消えうせていた。



その人……死んでるの?


ゆっくり訊いてみると、奈緒がこくり、と頷いた。



ええ……
チアノーゼを起こした唇に、独特なアーモンド臭がする口から判断すると、死因は恐らく青酸化合物……
もっといえば、たぶんシアン化カリウム――所謂青酸カリに因るものかと……


青酸カリ。
ミステリーでも最も有名な毒物のその名前を聞いた衝撃よりも、間近で人が死んでる姿を見てしまったことの方が衝撃的だった。
そしてそれは、周りの野次馬たちもそうだったらしく、奈緒が男性の死を肯定した途端、俄かに騒がしくなった。
悲鳴をあげて倒れこんだり、一生に一度あるかないかの事件に携帯で写真を撮ろうとしたり、近くの人とあれこれと話し始める人が現れる中、奈緒が鋭く一喝した。



動くなっ!!!
動いた奴は容疑者とみなす!
私たちや被害者に近づいた奴も、ここから出て行こうとする奴も全員容疑者とみなす!


恫喝にも似たその台詞を前に、野次馬たちはぴたりとその動きを止める。
そんな中、野次馬の誰かがこう訊いてきた。



なんなんだよ、お前らは……?





私たち?


よくぞ聞いてくれました、とばかりに奈緒が胸を張り、いつの間に打ち合わせていたのか、マサヒロと鏡花さんが集まる。



私たちはこちらの高校生名探偵横島正太郎先生率いる探偵部!





先生の灰色の脳細胞はどんな難事件もすぐさま解決する、まさしく人類の至宝!





コ○ンも金○一少年も敵わない最強の名探偵とその弟子の活躍に刮目しなさい!


事前に打ち合わせていたのだろう、すらすらとセリフを言いながら、僕を取り囲んで戦隊もののヒーローのような決めポーズを取る奈緒たち。
それに対して僕はといえば、何も聞かされていなかったため、ぽかんと周りの野次馬同様奇妙な顔を晒している。
いや、別に聞かされていたからってやらないけどね!
あと、奈緒は不穏なセリフを今すぐ取り消しなさい!
そんな僕のツッコミと周りの間の抜けた顔を放っておいて、奈緒たちはまた捜査へと戻っていく。



テーブルの上の食事にはほとんど……というか、まったく手が付けられていないわね……





けど、水だけは随分と減ってるっすね……





じゃあ、お水に毒が仕込まれていたってこと?





その可能性も捨てきれなくはないけれど、この男はドリンクバーも注文してるみたいだし、このどれに仕込まれていたのかは、警察の現場検証を待ってみないと分からないわ……





といか、三人とも……
ちょっと待ってよ!!


淡々と捜査を進める三人に、僕が慌てて声をかける。



何で三人とも平気な顔してるのさ?
人が死んだんだよ!?





何でって……
そりゃ、私は親が刑事でこういうの見慣れてますし……





俺も似たような感じっすね……
親父が死体検視官をやってるっす……





私は、両親が医者をやってるから……


今更ながらに聞かされた彼らの経歴に、驚きを禁じえない僕だった。
それはともかく、テーブルの上を仔細に眺めていた奈緒が何かに気付き、僕らを呼び寄せる。



先生!
それに二人とも!
これを見て!


彼女が手に乗せてきたのは、薬や駄菓子なんかでよく見かける銀紙の包装容器だった。



これはH2ブロッカーと呼ばれる胃酸が出過ぎるのを抑える薬ですね……
残った薬を調べてみないと分からないですけど……
これを飲んで青酸ガスが発生するとは考えられないです……





ドラマとか小説とかでよく見かけるみたいに、飲み物に混ぜ込まれていたんじゃ?





ありえないわね……
あんたも知ってると思うけど、青酸カリは糖分で無毒化できるし、二酸化炭素と反応して青酸ガスを発生させるのよ?
液状にして持ち歩くなんて気が触れているとしか思えないわ……


さすがに自ら探偵志望者の集まりだけあって、僕には分からない単語を飛び交わしながらどんどんと推理を進めていく。
……あれ?
僕、完全に蚊帳の外?
完全に置いてきぼりにされて、どうしようかと僕が考えていたときだった。



矢田!!
何で自殺なんて……!!


突然、人垣を掻き分けて一人の男性が飛び出してきた。



あんた、この人のこと知ってるの?





ああ……
俺はこいつと会社の同僚で、今は営業の外回り途中に昼飯を食おうとしてたんだ……





どうして自殺だといえるんですか?





実はさっき、でかい商談に失敗してさ……
こいつ、自信をなくしてたんだよ……
今回の商談はあいつが中心になって動いてたから……


辛そうに顔をゆがめる同僚さんに、けれど探偵部の三人は、胡散臭げな視線を投げかける。
……何か怪しいところでもあったのだろうか?
と、そこへ、野次馬の壁を掻き分けて、再び誰かが姿を現した。



はいはい、野次馬は解散してくれ


そういってひょっこり顔を出したのは、少しくたびれたワイシャツを着た一人の男性と、テレビなんかでよく見る青い服を着て、なにやらいろんな道具を持った警察の人だった。



あ、お父さん!





おう、奈緒
奇遇だな!


というか、ワイシャツの人は奈緒のお父さんだった!
