ふぅ、到着、と……。撫子君が目を覚ましたって聞いたけど……、ん？

どうした、レオト……。ん？

レオトさ～ん！！　ポチ～！！　助けてくださ～い！！

ちょっ！！　何があったんだ！！　撫子君！！

撫子、慎みを……。

お、お師匠様がっ、お師匠様があああっ！！

え？　フェインが、どうしたって？

セクハラ魔になったんです！！

あの、その件に関して詳しく……。魔界の秩序にも関わりかねませんので。

く、詳しくなんて言えません！！　き、キスされた、なんて、絶対に！！

キ、キス……、だって？　フェインが、撫子君に、――キス！？

なんという事だ……。いつかやるとは思っていたが、まさか……。撫子の状態を見るに、無許可だな、無許可、最悪だ。

あ、頭が……。何やってるんですか、あの人は！！

撫子ぉおおおっ！！

れ、レオトさん！！　わ、私を連れて逃げてください！！　どこか遠くに！！

突然の駆け落ち要請！？

事の経緯はわからんが、逃げた方が良さそうだな。行くぞ、レオト。

きゃっ！！

しっかり掴まってるんだぞ、撫子君！！

おやまぁ、ものの見事に逃げられましたね……。で？　陛下、一体何をなさっているんでしょうね、貴方は。

撫子ぉおおおっ！！

――っていやいや！！　少しは私の事も見てくださいよぉおおお！！　陛下ぁあああっ！！

今はそれどころじゃない！！

酷っ！！

ふぅ、ここまで来れば……、げっ！！

おおおお、お師匠様がすぐそこにぃいいっ！！

しつこいな……。

はぁ、はぁ、……追い詰めたぞ。覚悟しろ！！

お前はどこの悪役魔王なんだよ！！

飛ぶか……。

うぅっ、れ、レオトさん！！　お願いします！！　どこか、どこか遠くに私を！！

いや、まぁ、逃げられないわけじゃないんだけど……、困ったなぁ。フェイ～ン、一体何があったんだよ。撫子君にキスかましたとか、あれだよな？　頬チューだよな？

口だ！！

アウトぉおおおおっ！！　何やってんだ、お前はぁああああああああああ！！

うぅっ、うぅっ……っ、酷い、酷すぎますっ、お師匠様っ。は、初めて、だったのに……！！

ああっ、可哀想に！！　そりゃ泣きたいよな！！　フェイン！！　お前が悪い！！

フェイン……、何故泣かせた？　お前とは違い、撫子はまだ齢二十も満たない子供だ。大人のお前とは違う。

精神的にはガキになってるけどな！！

はぁ……、陛下、訳をお話しください。今までに陛下が女性に無体を働いたなどという話は、この数百年一度も聞いた事がありません。

撫子、頼むから俺の話を真剣に聞いてくれ……。許可を得ずにキスをした事は謝る。二度も奪って堪能した事は心から謝る。だから……。

いぃぃやぁあああああああっ！！　事こまかに言おうとしないでください！！　お師匠様の馬鹿ぁあああああああっ！！

フェイン！！　もう喋るな！！　色々と激しくアウトだから！！

完全にぶっ壊れているな……。普段のフェインじゃないぞ……。

あぁ、いたいた。……って、やっぱり暴走状態か、兄貴の奴。

おや、シャルフェイト様。良い所に……。一緒に陛下を止めて頂けませんかね。このままでは、強制的に未来の王妃様が誕生しかねないのですが。

お、お師匠様！！　セクハラの罪を大事（おおごと）にしたくなかったら、引いてください！！　お、お別れの日になったら、ご挨拶ぐらいはしますから！！

人の話も聞かずに勝手に全部決めるんじゃなああああああああああい！！

うぅっ……！！　は、話って、なんなんですか！！　弟子相手にムラッとしてしまった謝罪ですか！？　って、それはもうさっき済ませてくださいましたけど、他には何もっ！！

……っていうか、一応わかってて聞くけど、セクハラの原因は？

自分の想いを表現しただけだ！！

……。

痛ぁああああああっ！！

はぁ……。このままじゃ何も進みそうにないな。というか、この場で全部終わりそうだ。

我が君ながら……、本当に不器用な御方ですね。恐らく、お父上に似てしまわれたのでしょう……。確かあの御方も、お二人のお母上様、王妃様を妻に迎える際には、色々とやらかした、とか……。

あぁ。それ本当らしいな。母さんが前に言ってた気がする……。やっぱり、兄貴が一番親父に似てるって事か。はぁ……。

撫子……。お前に触れたのは、決して誰でもいいとか、そういう事じゃないんだ。……というか、何故レオトに縋る？　腹が立つんだが……。

か、壁がないとっ、お、お話なんて出来ません！！

あぁ、うん……。別に壁でもいいんだけど、さ。ちょっとこのシュールな光景を、どうにかしたいというか、なぁ、フェイン……。とりあえず、俺に殺気を向けるのはやめろ。

気にするな……。本能的なものだ。

抑えろ！！　
本能！！

ともかく、撫子を渡せ！！　話があるんだ！！

い、嫌です！！　嫌々！！　　お師匠様とは、二度と二人きりになりたくありませんっ！！

ぐっ……。そこまで、……俺の事が、嫌い、なのか。

頼む、レオト……。以前にお前から聞かれた時は違うと、そう答えたが……、どうやら自分でも気付くのが遅くなったようだ。

……フェイン。

失いたくないんだ……。今、出来る事があるのなら、俺は何でもする。

お嬢ちゃん、逃げても無駄だと思うぞ。この分じゃ話をちゃんと聞くまで、兄貴は元の世界へ戻る方法をだんまりで隠しかねないからな。

シャ、シャルさん！！

それに、元の世界に戻って、道が閉じたら……、きっとお嬢ちゃんからこっちの世界に来る事は出来ない。いいのか？　あとで後悔しても、二度と奇跡は起こらないかもしれないぞ。

撫子、これが最後になってもいい……。だから、俺の話を、聞いてくれ。

お師匠様……。

撫子、入ってもいいか……？

ど、どうぞ……。

撫子……。

……どうぞ、こちらに。

お前にとっては、師匠であり、保護者である俺に、こんな事を言われるのは……、不快、かもしれないが……。

……。

遠まわしなのは苦手なんだ……。だから、単刀直入に言わせてもらう。

撫子……。俺は、
――お前が好きだ。

――っ！！

ただの弟子だと、そう、思っていたのにな……。大切だという自覚はあっても、ロルスにお前が迫られた時、叔父上に攫われた時……、俺は、ただの師匠ではあれなかったんだ。

……お師匠様。

だから、お前が簡単に元の世界への帰還を決めた時、俺に笑みを向けた時、心の底から腹が立った。何故、俺の傍にいてくれないのか、と。

……それで、あんな事を？　でも、お師匠様はきっと、弟子に対する私への感情を、勘違いしているだけだと思います。私の境遇が特殊だったから、同情もあって……、だから。

そんな事で、自分の感情を間違えたりはしない。撫子、俺の目を見ればわかるだろう？　俺が、お前を……、どう見ているか。

あ、あの……っ。

ただの弟子に、男として触れたいと……、誰にも渡さず、自分だけの腕の中にいさせたいと、ただの師匠が思うか？

俺は、お前を元の世界に帰したくはない……。ずっと、ずっと……、俺の傍に、一緒に、生きてくれないか？　撫子……。

お師匠、様……。それ以上、言わないでください……。触れない、で……、想いが、溢れ出してしまいそうに、なる、から……。

俺は、お前の中に隠されているそれが、知りたい……。たとえ、どんな結果が待っているのだとしても、お前の本心だけは……。

お師匠様、私、は……、私、は。

撫子、お前の素直な心を、俺に見せてくれないか？　どんな感情でも、俺は受け止める。

――私、は。

――き、好き、なんですっ！！　私も、お師匠様の事が、大好き、でっ、は、離れたくない、のに……、でも、向こうの世界にも、大切なものは、いっぱい、あって……！！

――っ！！　撫子っ。

撫子……。

本当は、一緒にいたいんですっ。だけど、私は、……帰らなくちゃ、いけない、からっ。

わかっている……。お前がどれだけ、今、辛いのか……、酷な事をしていると、わかっているんだ。……それでも、お前の事を手離してやれない俺を、どうか、許してくれ……。