クラスの女子たちから変な目で見られていることは知っていた。グループに属してもいない女子の扱いなんてそんなものだ。だから誰もが一緒にお弁当を食べたり、一緒にトイレに言ったりするだけのために名ばかりのグループを作って群れるのだ。ひとりに慣れてしまえば案外平気だ。自分が好きになったものだけを愛おしみ、行きたいところに誰にも邪魔されずに行くことができるのだから……。
そして今、彩名が夢中になっているのは―――。
クラスの女子たちから変な目で見られていることは知っていた。グループに属してもいない女子の扱いなんてそんなものだ。だから誰もが一緒にお弁当を食べたり、一緒にトイレに言ったりするだけのために名ばかりのグループを作って群れるのだ。ひとりに慣れてしまえば案外平気だ。自分が好きになったものだけを愛おしみ、行きたいところに誰にも邪魔されずに行くことができるのだから……。
そして今、彩名が夢中になっているのは―――。



彩名はほんと、熱しやすくさめやすいわよねぇ





そんなことはございませぬ。一度好きになったら、おばさんになろうとも、
一途に思い続けます





好きになったら命がけ
それが乙女の生きる道、かいな





もう、ほっといてくださいませ!


だが、母が言うのももっともなことだった。アニメの脇役の声優、ロックバンドのギターリスト、昔のハリウッド映画に出ていた俳優、彩名が夢中になった男性たちは数知れずいるが、今ではすっかり話題にのぼらない。



花田小路翔はどうしたん?





ご結婚されましたし、潔く身を引きました


彩名がほんの少し前までご執心だったのは戦国時代の武将真田幸村だ。乱世に彗星のごとく現れ、豊臣への忠節を貫き通して獅子奮迅の伝説をも作った戦国ヒーローにぞっこんで、史蹟を訪ねてまわり、戦国武将のイベントにコスプレで参加していた。



ああ、真田様のお美しいことと言ったら……!


関連本を読んでは身悶えしていたものだ。
それがある日のこと、サッカーコートを颯爽と駆ける一人の少年の姿にずきん、と打ちのめされた。



なに、すごくカッコイイ……


ため息が漏れ、脳内で戦いの士気を高める法螺貝がぶおおおおおおおおと、鳴り響いた。
まさにひとめ惚れだった。
彼が同じクラスの真田勇人だと気づいたのは翌朝の教室だった。二年生になったばかりで、まだクラスの大半の名前と顏をうろ覚えだったからだ。それからは寝てもさめても勇人一筋、まさに命がけだ。大好きな幸村と同じ苗字なのは、何かの因縁なのかもしれない。



ああ、真田様の駆けるお姿が、
幸村様と被りまするー!


すっかりサポーター気取りの彩名にも、ここ数日気がかりなことがあった。練習が大好きで授業が終わるとさっさと練習を始める勇人だったのに、部室に行かずにサッカーコートを横目に帰って行く日が多いのだ。勇人が心配で何とかしたい、と思うが、どうしていいのかわからなくてただ後をついて歩くだけだった。



今日も練習に行かないのでございましょうか。ああ、どうお声を掛ければいいのやら……


ロッカールームで上履きからスニーカーに履き替える勇人を、彩名はそっと見守っていた。
人の気配に、勇人がふっと、いきなり顔を上げて振りむいたので、ばちっと、目が合ってしまった。



あわわわわ……


何か言わなければ、と思えば思うほど頭の中が真っ白になる。



何か用?





……きょ、
今日は練習に行かないのでございますか?





うん、ちょっと膝を負傷してるねん





そ、そうなんですか。ワタクシはまた……


「真田様」と言ってしまいそうになり、慌てて言い換えた。



真田くんが、まだ気にしてるのではないかと、案じておりました





えっ、何を?





で、で、ですから、こないだの試合の……
オ、オウンゴールでございますよ」





なんで知ってるんだ?


一瞬、「言ってはいけないことを言ってしまった」と彩名は思う。



申しわけございません……


あの日以来、勇人がサッカー部のクラスメイトから執拗な嫌がらせに遭っている。中心になっているのは前原康太。同じポジションを争う勇人のライバルだ。今朝も前原が取り巻きたちに合図を送り、席に着こうとした勇人の足を引っ掛けて倒した。机にはマジックで「ナイスオウンゴール」と書き殴られていた。前原の虐めは目にあまるものがあった。



オウンゴールなんて出会い頭の事故みたいなものでございます。なのに、根に持って虐めるなんて最低ではございませんか!


