Episode4 淡い期待
Episode4 淡い期待



はっ!?


――朝、けたたましい目覚ましの音で、闘子は飛び起きた。カーテンをちらりとめくって外をみると、眩しい光と雲一つない青空が見える。



今日もいい天気





さーて、ジョギングいってこよっと


闘子はさっき見た夢のことなどすっかり忘れていた。



徹君に告白して、絶対オッケーもらうんだ!


必ず徹をものにして見せる、という固い決意だけは忘れずに……。



まりあちゃん、おはよう!





おはよ


友だちへの挨拶もそこそこに、闘子は川本いずみの元に駆け寄った。
いずみは例のコスプレ好きの女の子だ。闘子にとっては彼女が一番話しやすいので、ついつい何でも話してしまう。嬉しいことも悲しいことも。
いわゆる気の置けない親友、というやつであった。



いずちゃん、いずちゃん!
聞いて聞いて、あのね実は……





児島と付き合うことになった?





児島君には振られたの……





そ、そう。滅茶苦茶嬉しそうだったからさ、そうなのかと思って……





あはは……。
うん、それはともかく二年生の雲母徹君って知らない?





知ってるよ。A組に入った子でしょ。後輩たちが騒いでたもん。
結構イケメンだってねー





ってあんたまさか、きららっちのこと好きになっちゃったの?





きららっち? 可愛いあだ名だね!
そしていずちゃん、ご名答~!





は~、振られたばっかりでよくもまあ……





じ、自分でもそう思うけど……





まーそれはともかく、今回は学年も違うし、いきなり告るんじゃなくて、ちっと遊びに誘ってみたらどー?





きららっち、山が好きらしいよ





山!





この時期だと狩りとか?





それ、いいね!


闘子は頭の中ですぐさまプランを組み立てた。山と言えばあそこ。そして狩りといえばあれしかないと。



んん~?


すぐ横でスマホをいじくっていたもう一人の友人、中里真理亜がけだるげな声を上げた。夢中になっていたスマホから、いずみにちらりと顔を向ける。



ってゆーとぉ、ここの近くの一伍山だよねぇ。そこの果物公園でいちご狩り?





それそれ





そういうのってぇ、仲良くなってから行くものじゃないの~?





む……





会話盛り上がんなかったら目も当てられないじゃーん。てゆーか、オタクないずにアドバイス求めるより、まりあの方がそーゆーのよっぽど詳しいのに





まりあうぜー





あはっ、いずに言われたくなーい





まーしかし、盛り上がらなかったら確かに嫌だよなー……って闘子もういねーし……





まぁ、LINE+すればいいっしょ





そーね


違う学年のエリアに行くときはいつも緊張する。三年生の皆は慣れたのか、もしくは気を使ってくれるのか、闘子は自分の変な性質を気にしないでいられた。しかし下級生はあからさまだ。



おい、あれ……





しっ!
やべーって、見るなよ!





そうだ、目を合わせたらどうなることやら……





いつものことだけど、やっぱりきついなあ……


彼らは怯えた眼差しを闘子に向けて、何やらひそひそ言い合っている。そういう場面を見ると、闘子の気持ちはどうしても萎(しぼ)んでしまう。さっきあんなに盛り上がっていた気持ちが嘘のようだ。



あっ、闘子せんぱーい!
どうしたんですか?


A組の前までくると、後輩の女の子たちが闘子を見て目を輝かせた。闘子もほっとして微笑む。
女の子たちに嫌われていないのは救いだ。彼女たちの笑顔に、闘子はいつも慰められていた。



あのね、雲母君いる?
呼んでもらってもいいかな?





りょーかいです!





ありがとね





きららくーん!
お客さんだよー!





はいはーい?





って、あの時の……。
どーしました?





あの……この前はありがとう





いえいえ!


二人の間に沈黙が漂う。緊張ももちろんあるけれど、それよりも闘子は、痛いほど突き刺さる視線が気になりすぎて言葉が出てこなかったのだ。
その上、どうしたことか周りは静まり返っている。まるで二人の会話に耳を傾けているような、嫌な感じだ。話しにくいことこの上ない。



ええと、ね……





場所、変えて話します?
視線、凄いですもんね……


まごついている闘子を見かねてか、徹が助け舟を出してくれた。彼の気が利く行動に、闘子の胸がまた高鳴る。



う、うん……。
そうしてくれると助かるな……


闘子は徹をどんどん好きになっていくのが、自分でもわかった。しかも彼は怖がるそぶりも見せない。
彼なら、もしかしたら自分を受け入れてくれるかもしれない、と闘子は淡い期待を抱くのだった。
人気のない場所に移動した闘子は、早速徹に本題を切り出した。



それでね、この前のお礼をしたいんだけど……





ん? それなら聞きましたよ





そうじゃなくてね、お礼にご馳走させてほしいなって……





……嬉しいけど、ご馳走になる程大したことしてないですよ





大したことだよ!


あの絆創膏と徹の笑顔で、闘子はどんなに救われたことか。思いの丈をぶちまけてしまいそうになったが、いきなりそんなことを言われても重いだろう。実際過去に一度言われている。闘子は我慢して言葉を飲み込んだ。



……えっと、雲母君と遊びたいための口実、だったりするんだけど……だめかな?





……





じゃ、有難くご馳走になろうかな


一瞬戸惑ったような表情が気になったが、徹の承諾に闘子は舞い上がってそんなことはすぐ忘れた。



本当!?
じゃあ、今週の日曜日、開いてるかな?





うん、日曜ですね。おっけーですよ





で、連絡先、教えてもらってもいいかな?
当日、困るし……





……うん


闘子はそわそわとスマホを取り出して、徹と顔を突き合わせた。彼もスマホを出して操作をしている。その間、闘子は俯きがちになっている徹の顔を盗み見た。
少し硬そうな茶髪。生来のものであろうその色は、鮮やかで綺麗な色合いをしている。目はぱっちりとした二重で、透明感のある少年という感じだ。



確かにいずちゃんの言う通り、イケメンかも……





これでおっけーかな





あ、うん!
ありがとう!





じゃあ、日曜日にね!





はーい





嬉しい!
ちゃっかり連絡先まで教えてもらっちゃった……!


めでたく徹の連絡先を手に入れた闘子は、幸せの絶頂だ。今なら男子たちのひそひそ声も気にならない。
軽い足取りで去ってゆく闘子の背を見つめながら、徹が不安気に呟いた。



まあ、多分大丈夫だろう……


