Episode2 不思議な白狐
Episode2 不思議な白狐



やだな……


闘子は帰り道を急いでいた。
遊び過ぎて遅くなってしまった、というわけではなく、さっきから変な人がついてくるのだ。



何でついてくるの……?





……


最初は気のせいかとも思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。というのも付かず離れずの距離をずーっと保ったままでいるのだから。大人の足なら、闘子なんてとっくに追い抜かせるはずである。不審に思って振り返ると――



ううっ……





……


変な人は闘子に視線を据えたまま、気持ち悪い笑顔を浮かべている。闘子はますます気味が悪くなってしまった。



送り迎え、断るんじゃなかった……。


こんな時に限って携帯を忘れてしまったし、滅多に通らない道は、人通りがなく余計に心細い。一応武道はたしなんでいるものの、子供の自分が大人をどうにかできるとも思えない。
いよいよ怖くなってしまった闘子は、小さな足で駆けだした。



えっ!?


するとすぐ後ろから同じような音がする。闘子はぎょっとして後ろをちらっと見た。
あの不審な男も走っている。怯える闘子を面白がるように笑いながら。



はぁはぁ!





やっぱり後を付けてるんだ……!


闘子が戦慄したその時である――



こちらにおいで





え……?


彼女の耳に届いた囁き声。そして目の前に突然現れた綺麗な光。不思議な現象に、闘子は走りながらも目を見開いた。



大丈夫だ。光の指し示す方向へ……


低く穏やかな耳通りの良い声は、恐怖でいっぱいだった闘子の心に安堵感をもたらした。この声は私を助けてくれる。こんなに暖かい声なのだから、決して悪いものではない、と。
声に誘われるように光を辿る。やがて道を逸れ、光はあの神社の石段へと続いていた。
闘子はがむしゃらに走った。あそこに行けばきっと大丈夫。石段を駆け上がり、鳥居をくぐる。そして――



ひっ!?





はぁ、はぁ……!
ひひ、つ、つーかまーえた……





ぎゃっ!?


白い影が闘子の目の前を横切ったかと思うと、次に聞こえたのは不審者の悲痛な叫び。



グルルル……!


身軽な動きで闘子の前に降り立ったのは、一匹の白い狐だった。



ひぇっ! う、ウイルスに侵されちゃうよぅ!


腕でも引っかかれたのか、不審な男は右手を庇って逃げていく。寸でのところで事なきを得た闘子は、ほっとしてその場にへたり込んでしまった。



怖かった……





キューン……


狐が警戒態勢を解いて、闘子の傍にトコトコと歩み寄る。闘子は少しびくついたが、さっきの獰猛な唸り声とは違う可愛らしい声を聞いて、ほっと気を緩ませた。



ありがとう、助けてくれたんだよね……。撫でてもいい……?


おっかなびっくり手を出すと、狐は闘子の隣にぺたりと座り込んだ。
随分人に慣れているようだ。神社で飼っているのかな? と思いながら闘子は狐の背に触れる。ふんわりと暖かな毛の感触に、闘子の頬が綻ぶ。狐も気持ちがいいのか、顎を前足につけてくったりと目を閉じた。



さっきの声はもしかして君?





クゥ……





そうだよって言ってるのかな?
それとも神様がこの子に助けてやれって
言ってくれたのかな……?


幼い闘子は、色んな想像を膨らませて微笑んだ。
それからというものの、闘子は今日まで蓮美神社に足蹴く通った。毎日神さまにお礼を言うために。
そうするとあの白狐も必ずいたので、自然と闘子の遊び相手となっていた。彼のことをシロと名付けて、仲良く駆け回ったものだった。
ところがシロはある日突然姿を消した。神主に聞いたところ、そんな狐は知らないと言う。この神社で飼っているのではないらしい。
だから闘子は思った。シロはやっぱり蓮美神社の神さまだったのかもしれない、と。



こんなに綺麗な白狐が野良だなんてあり得ないもんね。ここ、街中だし





本当のところはどうなのかな~?
シロはここの神さま?





クーン!


するとまるで返事をしているみたいに、シロが一際高い鳴き声を上げた。闘子のされるがままに撫でられていた彼は、閉じていた目を開けて闘子を見上げている。



……やっぱりそうなの?


再び撫でてやると、シロは気持ちよさそうに目を閉じた。



気のせいかな、それとも本当?


本当だとしたらとても素敵なことだ。神さまと友だちなんて、普通ならなれるものではないのだから。



もしそうだったら、大分おじいちゃんだよね


どっちにしてもシロは大切な友達だけど、と闘子はくすりと笑った。
ゴーンと日暮れを告げる鐘の音が鳴る。闘子はハッとして辺りを見回した。久々の再会に感激して、時間を忘れてしまったようだ。日は既に傾き、夕日が辺り一面を染めている。



そろそろ帰らないとかな…


闘子は立ち上がってスカートの裾を整えた。



じゃあね、シロ。また来るからね!


闘子が歩き出すと、シロもとてとてと付いてくる。しかし鳥居の前までくると、シロは立ち止まって闘子をじっと見つめていた。昔も闘子が帰る時によくこうやって見送ってくれたものだった。闘子も昔みたいに微笑んで手を振り返す。



バイバイ!


やがて闘子の後ろ姿が小さくなった頃、シロが喉からクルルと小さな唸り声を上げた。



まさかこんなことになっていようとは……。すまない、闘子よ。
しかし後数日の辛抱だ……


シロが呟いた不鮮明な声は、当然の如く闘子には届かなかった。
