ケントはオフィーリアとの婚約を終わらせることができた。
それは決してめでたい事ではないのだが、ホレイショーはニヤニヤしながらやってきた。



御婚約解消おめでとう!


ケントはオフィーリアとの婚約を終わらせることができた。
それは決してめでたい事ではないのだが、ホレイショーはニヤニヤしながらやってきた。



見事借金まみれか?





まあな。
だけどせめてもの温情で劇団と劇場は取り上げられなかった。
地道に返していくさ





お前の才能を買ってくれたんだろうな





どうだかな


婚約破棄など大事な娘を傷物にしたようなものだが、オフィーリアの方も痛いところがあるので強く出てこれないのだろう。



まあ、才能ある若者が貴族の飼い犬にならなくて良かったよ。
うちの親父のようにな


ホレイショーの父は人気ある作曲家だったが、パトロンだった貴族の娘と結婚させられ、何かとプレッシャーを掛けられ曲が書けなくなってしまった、という話はケントも以前聞いていた。
彼の父親にお目に掛かる機会があり、今ではすっかり貴族も板についてるようにみえたが、当時子供ながらに痛々しくみえたのだろう。
身分制度の壁は分厚く、容易に越えられるものではない。
ホレイショーは貴族と市民のハーフだからとあっけらかんとしたところがあるが、他の貴族はそうとはいかない。
学生時代でも何かと貴族様であることを主張する者は少なくなかった。



これからは野良犬らしくやっていくよ





お前はオレにすがらないところが気に入ってるよ





お前が稼いだ金があるんだったら、遠慮なくごっそりせしめているところさ


ケントはさらっと言って悪戯っ子のような目つきをしてにんまりと笑ってやる。



それは残念だったなぁ。
……まぁなんだ、流石に衣食住に困るようになったら言えよな


本当のところ本気で心配しているのだろう。



ああ、頼りにしてるよ


すんなりそう言うと、ホレイショーは照れ臭そうに顔を逸らす。



お前んとこの舞台が無くなったら困るからな。
人気あるし面白いしでデートにはもってこいの場所だからなぁ


彼は毎回女連れで来て公演前に楽屋にも挨拶がてら来るのだが、毎回相手が違うので団員たちの噂の的になっている。
やれ今回の女は極上だとか、やれ今回は花屋の娘だとか。
同じ女を二度連れてきたことがないのが友人としては心配な点だ。



そうそう、今オレがアプローチしてる娘が観たがっててな。
特にお前のティンクチャーに興味があるそうだ





え!?


そう、コーディリアの代役は、ケント自身が担うことになった。
注目されている舞台なだけあって、恐らく誰がやってもコーディリアがよかったといわれるのが目に見えており、主役といえどやりたがる人がおらず、されど中止や延期にするのも劇団の先行きが厳しい為に、ケントが演じざるを得なかったのだ。



オレのティンクチャーを……?


コーディリアを期待しチケットを獲っていた客は当然がっかりしているが、ケントのファンは歓迎してくれている。
ファンの一人かなと思い掛けたのだが、なぜかホレイショーがニヤニヤしている。



お前、まさかコーディリア!?





どうしても観たいって拝まれちゃあ、連れて行かないわけにもいかないだろう





やめろ!
出禁にするぞ!


ケントが顔を真っ赤にして取り乱す。



おんや?
年間契約結んでる上客むざむざと手放すつもりか?





くっ


元々線が細いケントは女役が初めての事ではなかったが、コーディリアにはじめてまともにみせる演技が、女役というのも格好がつかない。
しかも舞台がある為ケントも出来ていないデートを先取りされるというのも、本気でアプローチしているわけではないのは分かってはいるが、面白くない。
今まさに渦中の人であるコーディリアが観劇するならば、ホレイショーが年間契約にて確保している個室が安全で、怪我人だからエスコートする人間が必須であるのも分かるが、面白くない。
ケントが我慢できずに不愉快さを顔に出していると、逆にホレイショーは愉快そうに笑う。



まぁ落ち着けって。
彼女、お前に買って貰ったドレス着て観に行きたいんだってよ


そう言われた途端に堕ち掛けた心は一気に浮上する。
以前都に来たばかりの頃、彼女に舞台鑑賞のためにと街に行った際に一着だけプレゼントした。
その頃のケントはただ単に、彼女をこの世界に引き込みたいだけだった。だからそれを彼女が着た時は衣装も似合いそうだとしか感じなかった。
だが、今は明らかに違う感情が伴う。
プレゼントしたドレスを着て観に行きたいと言う彼女が愛しくて堪らない。



こうなったら腹を括ってやってやる!
男が演じる女役で史上最高の演技だと言わしめてやる!
演技を始めたばかりのコーディリアに負けて堪るものか


火の着いたケントのお陰でその後の公演は素晴らしかったという。
Fin
