異世界の人?
異世界の人?



どうしてこんな場所、
使えるんだろう……。


地下6階から地下7階に向かう階段を降りながら思った。
うちは会員4人の同好会なのに、使っている面積は最大だろう。
大学の一番新しい9号館の地下7階。
それがなんか怪しい未来都市みたいになっている。



柳之助の趣味っぽい……。


彼は自他共に認める変わり者だ。
9号棟は、その変わり者がほぼ私的に使っているフシがある。



そもそも経済学部のただの院生が、工学部の校舎をまるまる一棟使えるのがよくわからないんだけど……。





おまけに地下7階って何よ。
他の棟は地下すらないのに……。


地下6階までは普通の建物で上の階とつながっている感じだけど、地下7階はめちゃめちゃ広い……。
大学の地下を全部使っているんじゃないかという広さだ……。



いったい、何を脅して手に入れたんだか……。


謎が多いのは確かだ。



でも、ウソは言わないからな……。
ああみえて。


柳之助はウソっぽいことを言うが、確認できたものは今のところ本当だ。
だけど、



キミに会うために、
未来から来たんだ。





これはさすがに、あんまり信じられないのよね……。





確認できないことは、
ウソを言っているかもしれない。





そうじゃない可能性も捨てきれないんだけど……。





確認できたとしても、あと9年か……。





その頃には、別れてるかもしれないし……。





別れてたら、柳之助が言ってたことは、ウソってことになる。





結婚相手が柳之助じゃないってだけかもしれないけど。





今から十年後、キミは8歳の私と出会うだろう。


去年の今頃、柳之助はそう言った。



キミはその時、結婚指輪をしていた。
あれは、私が贈ったものだと思うんだ。





8歳の柳之助がくれたってこと?





違う。キミと一緒に年を取って、31歳になった私だ。





…………。


今は柳之助は22歳だ。
戸籍が確かならだけど。



それだと同じ時間に、二人の柳之助がいるってことになるんじゃない?





会って握手しなければ大丈夫じゃないか?





触れたら大爆発するってヤツ?





その可能性は否めない。
私は実験してみたいんだがね。





やめて。





私は起きないと思っているのだが。





それでもやめて。


もし大爆発が起きて、柳之助の質量分が消えたら、きっと世界が崩壊するレベルになる……。



大丈夫だよ。もしそうなら、私はキミに触れられないはずだよ。


そう言って、柳之助は、私の頬に触れた。



ほら、何も起きないだろ?





……。





大丈夫だよ。
心配いらないから。





え?
ちょ……。


ヘンなこと、起きてたし……。



余計なことまで、思い出しちゃった……。





あれが本当だとすると、柳之助は未来人? でも、正確には、異世界人ってことになるのよね……。


前に聞いたことはあるんだけど……。



未来の世界がどんなだったか知りたいって?





どうして?





分かるなら知りたいし。


ちょっとだけ、探りを入れてみた。
半信半疑だったのから。



8歳までしかいなかったから、あまり外を見ていないんだ。





そうなの?





研究室で、研究ばっかりしていたから。





8歳でしょ?





私は天才だからね。


ちょっと、がっかりした。
そういう感じに言えば、知らなくても矛盾しないもの。
やっぱりウソなのかな? って思ったけど、柳之助の話は、そう言いきることもできなかった。



なんだかんだ言っても、SF嫌いじゃないし……。


柳之助の話は、やっぱりどこか興味を引いた。



人口が今よりもずっと少なかった。人間の寿命は延びていたけれど、環境がかなり悪くなっていてね。子供も生まれなくなっていた。





私の周りには大人しかいなくて、遊ぶことを知らなかったんだ。だから、研究ばかりしていた。





大人たちに言われて、環境問題と人口増加の研究をしていたんだけど、飽きちゃってね。





柳之助と環境問題って、
イメージがないわ。





私もそう思う。
よく5年も我慢していた。





久々に生まれた子供だったから、あっちも対応がわからなかったんだろう。





「ここから出せ!」と騒いだが、外に出ても極悪な環境で、生きられないことを知っていたから、





過去に戻って自由を謳歌してやる。





と思ってタイムマシンを作ることにしたんだ。人口が多くて平和で、まだギリ環境破壊があんまり起きていない時代。





そこで未来の環境破壊の原因を見つけて回避すれば、大人たちに言われた課題はクリアできる。





そう説得して、タイムマシンの研究に切り替えたんだ。





完成したの?
タイムマシン。


でも、それならなぜ柳之助は未だにタイムマシンの研究をしているのだろう?



いや……。
まだだ。





未来から来たんでしょ?





パラレルワールドだった……。





え?


パラレルワールドっていうことは、平行世界ってこと?
平行に進む、決して混じり合わない世界。
この世界と似ているけど、異なっている世界。



異世界の住人だったのか?


それなら納得できるわ。
ヘンだもの柳之助。



時間を遡るのは、かなり困難なのだよ。





知ってる……。


未来へは時間の進み方の違いを利用すれば、行けないこともない。
亜光速で進めば時間が遅く進み、光速になれば時間が止まることや、大きな質量をもつ物体の近くにいれば時間が遅くなることを使えばいい。
光速以上の速さで進めば、時間が戻るのかもしれないけれど、質量があるものは光速以上の速さにはなれないと言われている。



理論上の話だけど……。





私はあの世界から出られればどこでも良かったから、それっぽいものができたところで出てきてしまった。





それでたどり着いたのが、今から十年後の世界だ。





タイムマシン、完成したの?


じゃないと、柳之助がここにいるのはおかしい。



すでにあったんだよ。
過去に戻れるタイムマシンが。





え?





これは仮説なんだが、過去に戻った8歳の私は、それから23年かけて過去に戻れるタイムマシンを完成させた。





私以外にいないだろ? 過去に遡るタイムマシンを完成できる者は。





というか、誰かが私よりも先に作ってしまったというのが腹立たしい。





おそらく、年を重ねた自分であろうとなんとか自分を納得させて今に至る。





どうしてそう自分に都合のいいように解釈できちゃうわけ?





全てが自分に都合のよい状況だったからだよ。





戸籍も住居も何もかも用意されていて、そして何より、キミよりも年上になれる時代に来ていた。





それ、重要?





ものすごく重要だ。





ヘンにガキっぽいところがあるのよね……。





あと、面白いっていうかなんていうか。





グイグイ来られて断りきれないっていうのも否めないけど……。


ちょとだけ、ため息がでた。



柳之助は、どうして私が好きなんだろう……。


そんなことを思いながら、地下7階の作業場の大きな扉を開ける赤い開のボタンの横の、小さなドアを開けた。
