数分後、
ばあさんの奥の部屋にて施術用の折り畳み式マットを敷く経華と着替えて出てくる小暮。
数分後、
ばあさんの奥の部屋にて施術用の折り畳み式マットを敷く経華と着替えて出てくる小暮。



ありがとう織原さん。今日のところはもう帰っていいよ





いえ!お家にマットを持って帰るまでがお仕事です。それに施術の様子を見てることで良い社会勉強にもなりますし


と言いながら大きな欠伸をする経華。



君、もしかしてお腹いっぱいになって眠気が差してきてるだろ?





え~、そんな事ないですよお…にゃんにゃん先生は本当に人を見る目がありません!


とむにゃむにゃしながら猫手で目をこする経華。



どっちが猫だか。それとその言い方やめてくれないか?気が抜ける





えー、でもその方がかわいいじゃないですか?クールな見た目とのギャップ萌えですよ?人気出てたくさん患者さん増えますよ?





むしろキャラぶれだろ。ばあさん準備はいいかい?


お相撲さんがプリントされたセンスの無いTシャツ寝間着姿でやってくるばばあ。



ひとつよろしく


マットの上に仰向け寝するばあさん。



あれ?私の時みたいに鏡の前で細かく検査したりしないんですか?足の長さ測ったり写真撮られたり、あの辱めをしないなんて不公平です!





何だい先生?あんたそういう趣味の持ち主だったのかい?





勘違いしないでくれよ。もちろんどんな患者さんでも検査は欠かさない。ただばあさんは骨粗鬆症でもう立位検査しても正確な可動域がわからないし、骨折の恐れがある





ああ、コツソショウショウ。聞き覚えあります





全く。板前の嫁がカルシウム不足なんて。恥ずかしい話だよ





いやあ、よくあるケースさ。女性は一生を通して男性に比べて圧倒的にカルシウムの消費率が高い。早い人だともう50歳くらいでばあさんくらいの症状になるケースもある





確かに、不安になってきました!おばあさん、帰り際に鯛のお茶漬けもう一杯!





まだ食うのかい!?





前にも話した通り、本来は“コツソ”の患者さんには矯正は当然として、大きな施術は出来ない。だから俺がやれるのは仰向けの足首回転と頸椎の緩めだけかな。ゴムチューブを使った緩やかな運動。そして好きな映画の話。この三点のみだ





何か最後の奴は手抜きじゃございませんか!?





いや、それでいいんだよ。アタシにはそういうのが嬉しいんだ。ひねくれもんだからね。そこらのジジババとゲートボールやら温泉旅行やら、そんなのは反吐が出るんだよ。耄碌を早める。それなら先生と楽しく映画の話をしてた方がよっぽど良い余生さ


ばあさんは急に穏やかな表情で言った。



ばあさん。ありがたいけどそれだけ聞くと俺の施術は大して効いてないみたいで複雑だな





おやおやアタシ何か間違えた事言ったかい?





御挨拶だね





貞淑なんて下町の老婆に期待すんじゃないよ


どっと三人は笑って和んだ。
続く
