そこは使われていない自習室。
天体望遠鏡やらなにやらで散らかった大きな台と、5つの椅子。
それから、びっしりと本やファイルの詰まった棚。
…それが、天体観測部の部室だ。



やっぱどっか山行きたいよねー


そこは使われていない自習室。
天体望遠鏡やらなにやらで散らかった大きな台と、5つの椅子。
それから、びっしりと本やファイルの詰まった棚。
…それが、天体観測部の部室だ。



都会は空気が汚れてるからね―


ありすちゃんは椅子に座った状態で、ノートを見ながらペン回しをしていた。
ありすちゃんの勧誘で天体観測部に入って早2週間。
あまり天体は詳しくないからと一時は断ろうとしたものの、メンバーはあたしを除き4人しかいないうえに、2人は人数合わせ、1人はバスケ部との掛け持ちというゆるい部だからと熱心に誘われ折れた。
実際入ってみると案外おもしろかったりしたわけだが…。



確かに―。きれいなところで見たいな―


今日もあたしとありすちゃんの2人しかいなかった。
今日は今後の活動について話があるからと、部長であるありすちゃんから全員呼び出されたはずだけど――SHRが終わって30分以上たつが、ここには今2人しかいない。
本当にみんな来るのかな、と思ったその時。



じゃぁ、みんなでどっか行こうよ!


とすぐうしろから明るい声がした。
慌てて振り向くと、そこには眉上前髪のかわいい男の子が笑顔で立っていた。女の子みたいなかわいさではない。
小さな男の子のような、無邪気さがかわいく見せているのだろう。
背もけっこう高いほう。
成長期の男の子独特の、背の高さと顔立ちの幼さが釣り合ってないところもまた…。



新多くんっ?


そう、それはJewellery Kokonoeの社長令息、九重新多(ここのえあらた)だった。
スポーツバックを肩にかけて、汗も少しかいている。
走ってきたのだろう。



あー。やっぱあんさんだったんだ、新しい部員って





あれ、でも新多くんってバスケ部じゃ…


はたと気づいて、ありすちゃんの方を見る。
…バスケ部との掛け持ちの子って、新多くんのことか…



遅いじゃん、新多―





ありすセンパイごめんなさい、課題出してなくて居残りさせられてましたー


明るい声でそう言って、スポーツバッグを床に置く。
それから、あたしの隣の椅子に座った。



これで3人ねー。あと2人は…





雅也(まさや)は来ないと思いますよー


…ん?
新多くんの言葉に、あたしは戸惑った。



雅也くんってもしかして…





二宮雅也だよ。…知ってるでしょ?


Hotel Ninomiyaの社長令息。
嘘だ。こんな偶然あるわけない。



ありすちゃんっ?


あたしは説明を求めるようにありすちゃんの方を見た。
ありすちゃんは一瞬目をそらした後、申し訳なさそうに頭を下げた。



黙っててごめんね。…あたしも、九条グループの人間なの


…あたしは、頭が真っ白になった。
ありすちゃんのお家は病院を経営している。
三森総合病院っていうなかなか大きな病院だ。
10年近く前、三森病院は経営難に陥り、その時、九条グループの傘下に入ったのだという。
ありすちゃんは天体に興味があり、自ら天体観測部を作ったものの、誰も入りたがる人がおらず、部として認定してもらえないかもしれないという状態に陥った。
3人は必要で――、そこで、顔見知りだった新多くんと雅也くんの2人に頼み込んだのだという。
それから、1人増え今の状態に陥ったのだという。



…そうだったんだ


あたしはほっと息をついた。



でもよかった。
…怜一郎(れいいちろう)さんの仕業とかじゃなくて


ここは怜一郎さんが理事長を務める学園だ。
心配性な怜一郎さんがわざわざ部活を作らせたりしたんじゃないかとか、一瞬にして考えてしまっていたけど、考えすぎだったようだ。



…あー、それがね…


しかし、ばつが悪そうにありすちゃんは目をそらす。



ん…?


ありすちゃんの様子を不審に思い、なに?と先を促すと、ありすちゃんは思い切ったように口を開いた。



あんちゃんを勧誘するよう言ったの、理事長なんだよね…


あたしは言葉を失った。



…ていうことがあったんです。
どう思いますかっ?


あたしは学校が終わった後、いつものように運転手の池さんに家まで送ってもらい、着替えを済ませるとお祖父さまのもとを訪れた。
今日あったことを愚痴っていると、お祖父さまは楽しそうに笑った。



まあ、そう言わずに。
怜一郎を許してやってはくれないか。


そっと紅茶の入ったティーカップをテーブルの上に置き、微笑む。



でも、お祖父さまっ…


それでもなお食い下がろうとすると、お祖父さまは笑った。



あれは素直になれない子でね…。それは君も、よく知っていることだろう?





…だからと言って…、やりすぎです


あたしが唇と尖らせ言うと、お祖父さまは手を伸ばしてきた。
その意味が分かると、あたしは自らも手を伸ばし、その手を取った。



あの子は君のことがとても大切なんだよ。だから心配なんだ。


あたしは黙り込んだ。
そんなこと、あたしが一番分かっている。
怜一郎さんは優しくて、とっても心配性なんだ。
あたしのことを、大切にしてくれている。
だからこそ、こんな日がずっと続けばいいって、願ってしまう。



…わかりました。怜一郎さんのこと、許しますね。


